Prologue


「う…」

次に目覚めた時、私は堅い岩の上に転がっていた。
太陽の姿は小さく、藍色の空からは黄金に輝く月が覗いている。

あれ…月ってあんなに大きかったっけ…?それに、二つあるように見える…。

「…目、おかしくなったのかな…」

腕で目を擦った時だった。

「よう、目が覚めたか?」

突然掛けられた声に驚いて体を起こす。
声の方に目を向ければ、金髪に派手な赤い服の女の子がじっとこちらを見ていた。

「あ…貴方は?」

女の子は人の良い笑みを浮かべると、「オレはキッド」と名乗った。

キッド?外国人、よね…

不思議に思う私をよそに、キッドは軽い調子で話しかけて来る。

「お前、何でこんな所で倒れてたんだ?土左衛門かと思ってビックリしたぜ」
「え?土左衛門?」

周りを見渡せば確かにそこは海岸で、海が静かに波音を立てていた。
果たしてどういう事だろうか。混乱する頭を抱えて必死に思い出す。

「私、確か溺れて」
「うん?」
「あなたが助けてくれたんじゃないの?」
「…いや、オレが来た時はもうお前はそこに倒れてたぜ?」
「え…本当?」

ならばあの人はどこへ行ったのだろう。
逆光、切なげな声。
微かな記憶を引き出そうとするが、頭が痛んで思い出せない。

「大丈夫か?」

キッドが心配そうに顔を覗き込んで来る。

「なあ、お前どこから来たんだ?パレポリの方か?」
「パレポリ?」

聞いた事のない地名に首を傾げる。

「大陸の人間じゃないのか?見た事ない格好してるしな」
「大陸って…?え?」

更なる不可思議な単語に混乱が深まった時だった。
空気が震え、一瞬にして辺りの闇が濃くなったのである。

「な、一体何…?」
「チッ!」

舌打ちと共にキッドが腰から何かを取り出し――振り返って素早く構えた。
私は目を見開いて目の前の状況を凝視する。

濃くなった闇の中から、暗い影が這い出して来る。
それはゆっくりと形を変え、やがて私達より大きな一つの固まりとなった。

「カゲネコか」

キッドが呟いたカゲネコと言う、生き物かどうかも解らない物体。
ゆらゆら影のように揺れ、まるで悪意の固まりを身に纏ったかのような――
その得体の悪さに全身の産毛が逆立つ。

「っきゃあああ!!」

カゲネコがこちらに向かって走り出した瞬間、私は悲鳴をあげた。

「どいてろ!」

キッドが私を庇うように前に立ち、カゲネコと対峙する。

「そこで大人しくしてろよ…ハァッ!」

キッドが腰から取り出したのは、鈍く光る刃だった。
ダガーと呼ばれるそれを、躊躇なく振り回すキッドを信じられない目で見つめる。

「…っ!」

キッドの戦う様子を呆然と見つめながら必死で考えた。

あれは一体何だ?
何故刃物を?
いや、それよりここは――私は、どこにいる?

「全く…こんな所にモンスターが出るなんてな」

キッドの声にハッと我に返る。いつの間にかカゲネコは消えていて、キッドがダガーを鞘にしまっている所だった。
キッドがため息を付き、こちらを振り返りながら疑問に満ちた眼差しを向けた。

「モンスターを見るのは初めてか?」
「モンスター、って…何よ、それ」

そんなものの存在なんか知らない。
私が生きた十六年間の中に、そんなものは存在しない。

此処、何処なの?

呟くように言えば、キッドの表情が固いものに変わってゆく。
それに構わず私は視線をサッと横切らせた。

…海岸の向こうに町並が見える。
機械が不格好に立ち並び、大砲や武器で支配された大きな町。
こんな場所知らない。少なくとも、日本にこんな場所ない。

「お前…」
「解らない…、何なの?ねえ、ここ何処なの?」

頭の中にキィンと警戒音が響く。嫌だ。理解したくない。
まだ夢の中なのだと思いたかったが、音を立てて鳴る心臓が、頬を撫でる風の感覚が、それを否定した。

「う、そでしょ」

見覚えのない景色。
見たことのない生き物。

「やだ、何なの…っ?!」
「おい、落ち着け!」

立ち上がったキッドの腰に下がったダガーを見て私は叫んだ。

「私、こんな世界知らない――!!」

その瞬間、私の世界が音を立てて崩れた。
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