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…」

誰かが私の名前を呼ぶ。

「…

甘く、どこか切なさを含めたその声は、まるで母親を呼ぶ子供の様な響きを持っていて。

「(…貴方は、誰なの)」

ひどく懐かしく、何故か泣きそうになった。

++++++++++

「おーい、起きたか?」
「………キッド?」

ぼんやりした頭のまま目を開けると、キッドの顔が目の前にあった。

「ここは…?」

ベッドに寝かされていたらしい。起き上がって周りを見渡せば、見知らぬ調度品や室内が広がっていた。
はて、どこだろうと首を傾げたらキッドがすぐ答えてくれた。

「ここはガルドーブだ。それより大丈夫か?お前、かなり火傷してたんだぜ」
「火傷?」

両手を見れば、ぐるぐるに巻かれた包帯が目に入った。あの時の出来事がフラッシュバックする。


――お前だけは行かせぬぞ


「…」
「…どうした?痛むのか?」

急に黙ったが心配になったのか、キッドが眉を寄せる。

「…ううん…大丈夫」
「あんま無理すんなよ」
「私よりキッド、貴方の方こそ大丈夫なの?」

ナイフで抉られた傷がどうも気になる。

「へへ、オレはあれ位じゃやられねえよ」
「そう?」

「外へ出ようぜ」と誘われたので、キッドの後について部屋を出る。

「綺麗…」

ガルドーブは海に囲まれた島だった。
心地よい潮風が髪を揺らし、広渡る青い海が心を癒す。

「蛇骨館の情報、助かったぜ」

暫く海を眺めていると、キッドから声が掛かった。

「…うん」
「まあ…何だ、凍てついた炎はなかったけどよ、まだ終わった訳じゃない」
「そうだね」
「あいつらきっと炎の手掛かりを掴んでる…今度こそ突き止めてみせようぜ」

――それはまた彼等と出会う確率が高い事を示唆していた。
が、それを言わず炎の事だけを話すキッドに、彼女なりに気をつかってくれたのだと、不器用な言葉遣いには小さく笑った。

「…もちろんよ」

退く訳つもりは到底なかった。

「(私の目的は…凍てついた炎)」

騎士団の事を考えると胸が痛むが。

「大丈夫、迷ったりしないから」
「…そっか。なら良いんだ」

ニカッと、いつもの笑顔を浮かべたキッドと笑い合った時だった。

「おーいキッド、腕の調子はどうだ?」

赤茶色の、個性的な髪…いわゆるモヒカン頭の少年が家の中から出てきたのである。

「よ、コルチャ」

コルチャと言うらしい少年はを見ると人の良い笑みを浮かべた。

「お、あんた目が覚めたのか」
「は、はい…あの、貴方は?」
「コルチャは蛇骨館から落ちたオレ達を運んでくれたんだ」

あ、とは慌てて頭を下げた。

「そうだったの。私は。どうも有り難う」
「気にすんな。これも仕事の内さ」

コルチャは「ハハハ」と爽やかに笑った。

「もう一組はまだ目が覚めないみたいだな」
「もう一組?」

誰の事だろうとが首を傾げれば。

「セルジュ達の事だ。オレと一緒にいた」
「ああ…」

そう言えば彼等も落ちたのだった。
ヤマネコの事で頭がいっぱいで忘れていたが、彼とは一度話をしてみたい。
早く目が覚めるよう心の中で願いながら、ガルドーブの景色を眺めた。

――セルジュが目を覚ましたのはそれから三十分ほど経った時だった。
目を擦りながら家から出てきたセルジュにキッドが声を掛ける。

「よ、セルジュ」
「…キッド?」

起きたてで頭が働いていないのか、ぼんやりした表情にキッドが溜め息を吐く。

「お前なあ…あの程度の高さで意識失うなよ」
「あの程度って…けっこう高かったと思うんだけど」

セルジュの意見にも同意して頷いた。
少なくとも「あの程度」で済ませられる高さではなかったし、普通の人なら意識を飛ばしてしまうだろう。

ふと、セルジュと目が合った。

「あ、初めまして。セルジュ…よね?私は。キッドと旅しているの、よろしく」
「初めまして。君の事は少しだけキッドから聞いてるよ。宝物庫の事教えて貰っていたのに、キッドが盗もうとしちゃって大変だったよ」

は吹き出した。

「あはは。キッドの性格からして、お宝前にして盗まない訳にはいかないよねえ」

キッドがバツが悪そうに口を尖らせた。

「ちえ、ばらすなよセルジュ」

だがそんな会話をしていられたのは一瞬で。

「(…あれ?)」

キッドの顔色が段々悪くなってきたのに気付き眉を寄せる。
キッド本人は気付いてないのか、いつもと同じ様子で。

「お宝前にして退いたんじゃ、ラジカルドリーマーズの名折れ……」

セルジュに向かって胸を張ってみせた瞬間――

「あ…れ…」

ガクンと膝を付き、急に力を失った様に倒れたのであった。

「ちょ、キッド?!」

慌てて駆け寄ったは、キッドの体を抱き起こし顔を覗き込んだ。

「ひどい顔色…やっぱ調子悪かったんじゃない…」
「おい、どうした?!」

コルチャがやって来てキッドに駆け寄る。その額に手を乗せると、焦った様に叫んだ。

「すげえ熱だ!」
「どうしよう…ここにお医者さんはいるの?」
「ああ、入り口近くに診療所がある。急いで運ぼう」

そうは言っても、にはキッド一人運べる力など到底ない。
はセルジュを見上げた。

「セルジュ!手伝って!」
「あ…うん!」

セルジュは頷くとすぐにキッドの体を抱き上げ、キッドは診療所に担ぎ込まれたのであった。

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