12


「…どうやらその娘はヒドラの毒にやられたようだ」

深刻な表情でそう告げたのは、ガルドーブの医師であるドクと言う男性。

「もってあと二日か…ヒドラの体液さえあれば毒を中和出来るんだが」

はベッドに寝かされたキッドの手を握りながら、セルジュ達に説明しているドクの声を聞いていた。

「…その体液はどこにあるんですか?」

セルジュの問いに、助手の亜人の女性が首を振った。

「それが…ヒドラはもうエルニドに存在していないの」

女性の言葉に室内の空気が凍った。

「そんな…」

驚きに目を見張るセルジュにドクが重々しく口を開く。

「ヒドラはその血、肉、骨、全てに利用価値があるといわれている。それが原因で大規模なヒドラ狩りが起きたのさ」
「一握りの僅かな財産の為に、一つの貴重な種が消えたのよ…」

ヒドラがいない。それはキッドが助からないと言う事を示唆していて。

「…先生、なんとかならないのか?」

コルチャの問いにドクは悲痛そうな表情を浮かべ。

「…すまない、少し考えさせてくれないか…」

そう言うなり立ち上がると診療所を出て行ってしまった。

「先生?!ちょ、冗談だろ!連れ戻してくる!」

ドクの後を追いかけようと部屋を出ようとしたコルチャだったが、何かにぶつかり部屋の中に押し戻されて来た。

「あはは、やっぱダウンしてら」

聞き覚えのある声にはキッドを見つめていた顔を上げる。

「ヤッホー。元気?」

そこに居たのは、蛇骨館で出会い、に「嫌い」と言い放った道化師、ツクヨミだった。
ツクヨミは手を振りながらニコニコと笑っている。

「…ツクヨミ?あなたどうしてここに…」
「ちょっとコイツの様子を見にね。ま、予想通りへばってるみたいだけど。それとセルジュに会いに、かな」

は不思議そうにセルジュを見上げる。

「…知り合い?」
「あー、うん、知り合いと言ったら知り合いだけど…」
「おいお前何なんだ!変な格好しやがって!」

すっかり除け者になっていたコルチャが怒ったようにツクヨミに怒鳴りつけると、ツクヨミは気分を害したようにコルチャを睨み付けた。

「うるさいなあ。あたいはセルジュ達と話してんの。ニワトリ頭に用はないよ」
「何だと!やんのか?!」
「へへん、ニワトリ頭にやられるようなツクヨミ様じゃないよ」

その言葉を機にコルチャがツクヨミに殴りかかったが、寸前でツクヨミが姿を消し、またコルチャの後ろに現れた。

「面白いなーお前、じゃああたいはそろそろ帰ろかな」

パッとセルジュの方を向き「毎晩あたいの夢を見てね」と投げキッスをすると音もなく消えたのだった。

…一体何しに来たのだろう。
暫く呆気に取られていただったが、我に返ると勢い良く立ち上がり、セルジュ達の横をすり抜ける。

「おい、何処に行くんだ?!」

慌てたようにの腕を掴んで止めるコルチャ。

「何処って…ヒドラを探さないと」
「……さっき聞いただろ。ヒドラはエルニドには」

コルチャの言葉に、カッと頭に血が登った。
掴まれた腕をがむしゃらに振りほどき、振り返ってコルチャを睨み付ける。

「だからって、何もしない訳にはいかないじゃない!」

の目に涙が浮かんでいるのを見たコルチャは一歩下がる。

「キッドは友達なのよ!見捨てられる訳ないじゃない!!」

シン、と静まる室内。
コルチャはばつが悪そうに視線を逸らし「…悪い」と呟いた。

「そう言うつもりじゃなかったんだ。俺だって、その娘を助けたいと思ってる」
「……」

は俯いた。
どうすれば良いのか解らなかった。

怖かった。
キッドを失うかも知れないと言う未来がただ怖くて。

大丈夫だと、助かると言って欲しかった。
だから。

「…一緒に助ける方法を探そう。何か、何かきっとあるはずだから」

そう言ったセルジュに、とても安心感を覚えた――

「あ、りがとう…」

無意識にまた涙が溢れて来た。
具体的な解決策が見つかったと言う訳ではないのに安心してしまって、は涙を流しながらセルジュに礼を言った。

そんなを見たセルジュが何か言おうと口を開いた時だった。

「う…セルジュ……」

キッドの苦しげな声が響き、一同はそちらに目を向ける。

「…行ってやれよ」

コルチャに促されとセルジュはキッドが横になっているベッドへ向かう。
ベッドの横に膝を付きキッドの顔を覗き込めば、彼女はゆっくりと手を伸ばしてきた。

「セルジュ…お前にこれを預ける。オレの大事なお守りだ…」

そう言いながらキッドが差し出したのは、小さな星色のお守り袋だった。

「思い出せ、あの預言者の言葉を…。始まりの地…天使の、迷う場所はどこだ…?」

キッドの言葉にセルジュが目を見開く。
覚えがあるのだろうか、固まったセルジュに小さく頷くと、今度はの方を向きヘラッと笑った。

「…悪いな、。ちょっと、休ませてもらうぜ…」
「うん…大丈夫だからね」

キッドの頭を優しく撫でると、キッドはすぐ目を閉じた。
その様子を見守っていたコルチャが「…さて」と口を開く。

「探すって、何かアテでもあんのか?」
「うん。始まりの場所があそこならきっと…とにかく行ってみないと」

「よし」とコルチャが頷く。

「オイラは先に行ってボートの用意をしてくる。準備が整ったら村の入り口まで来てくれ」

そう言うなり診療所を飛び出したコルチャに声を掛ける間もなく、呆気に取られていたとセルジュだったが、やがて目を合わせお互い頷いた。

「…行こうか」
「うん」

目指すは、もう一つの世界だ。

inserted by FC2 system