テルミナに向かうボートの上でとセルジュは色々な話をした。
「そっか…君も別の世界から…」
の身の上話をするとセルジュは何やら思案し始め、やがて首を傾げた。
「でもあなたの話を聞く限り、私とは全く毛色が違うのよね…」
セルジュは、今いる世界と同じ環境で過ごして来たと言う。
所々違う所はあるも、町の名前や地形などは彼の世界と変わりないらしい。
「解らないなあ…」
「解らないよね…」
ただ、とセルジュはを見つめた。
「僕も、誰かに呼ばれてこっちの世界に来たんだ。声はよく覚えてないけど…を呼んだその声と同じ主かも知れない」
「うん…そうだね!」
可能性は0じゃない。
「ともかく今はヒドラを探す事を考えないと。セルジュ、アテがあるって一体…」
うん、とセルジュは頷く。
「…僕がこっちの世界に来た時に居た場所があるんだ。そこかもしれないと思って」
「それが、天使の迷う場所って訳ね…」
「多分、だけどね」
視線を上げたセルジュにつられてもそちらの方を見る。
空は高く、海はどこまでも青い。こんなにも穏やかで、心安らぐ風景なのに。
「キッド…」
彼女は、苦しんでいる。
一年前、一人放り出された世界で苦しんでいたを、彼女は太陽の様な笑顔で助けてくれた。
「(だから、今度は私が助ける番)」
「待っててね…」
絶対助けてみせると、は固く誓った。
++++++++++
セルジュの案内でやって来たのは、エルニド本島の南に位置するオパーサの浜と言う場所だった。
はここに来るのは初めてだったが、噂に違わぬ美しい浜辺に思わず溜め息が出た。
ただし、辺りを見回しても、特別変わったものは見られない。
「…ここが、異次元の入り口?てっきり何かこう…ゲート的なものでもあるのかと思ったんだけど」
そんなに都合良くいかないものか。
そう言い波際を歩き出した時だった。
「!」
足下に、まとわりつくような光が砂の中から溢れて来た。は屈んで触ってみたが、何も掴めない。
「何かに反応してるのかな?」
「もしかして…これかな」
セルジュはポケットから星色のお守り袋を取り出し、光に向かって差し出した。その瞬間。
「っ…!」
突然の強風と、浮遊感。
−−き、っもちわるっ!!
ぐらぐらと世界が揺れ、視界が真っ黒に染まる。そして足下がいきなり掬われ、闇の中に落ちたと思いきや、再び見えたのは。
「あ、れ…オパーサの浜…?」
変わらぬ景色で佇む海の姿だった。
「、大丈夫?」
セルジュに顔を覗き込まれ、頷いてそれに返す。
「今の、セルジュも感じた?」
「うん。足元から落ちる感覚…驚いたね」
「今ので世界を越えたのかしら?何か不思議ね」
「僕もあまり信じられないけど…きっと越えた筈だよ。さあ、行こう」
そうして半信半疑でやって来たヒドラの沼は、あちらの世界とは違い、美しい自然を残したままの状態だった。
「まさか人生で二度もトリップする事になるとはねえ…」
思わずしみじみとした口調になる。いや、呆然としていると言ったほうがいいのか。
「こっちの沼は綺麗ね」
「、向こうのヒドラの沼に行った事あるんだ?」
先を行くセルジュが肩で振り返りながら聞いて来た。
「ううん、行った事ある人から聞いただけなんだけどね。腐敗しきった水や植物…居るのは猛毒に侵された生物だけなんだって」
「そうなんだ…」
「ドク先生の言う通り、ヒドラがいなくなってしまったから…」
そして、自分達も同じ事をしようとしている事に気づいて口を閉じた。
「ねえ、。あまり深く考えない方がいいと思うの」
「そうだね…ありがと、レナ」
途中で合流した少女、レナ(あちらの世界の、である)に慰めるように言われ、力なく笑った。
無言のまま進んでいると、突然歩きを止めたセルジュの背にぶつかった。
「どうしたのセルジュ」
「今…何か見えなかった?」
「え?」
セルジュの言う方向を見てみても、何もいない。はて、とレナと顔を見合わせて首を傾げる。
「何も見えないわよ」
「…ちょっと気になるな…」
水から上がり、大きな木の方へ向かって行くセルジュにギョッとして声を掛ける。
「ちょ、セルジュ。そっちじゃないよ」
「ごめん二人とも。少しだけ付き合って!」
「少しだけって…あららら」
了解も得ずにずんずん進むセルジュを見て溜め息を吐く。
「どうするレナ?」
「んー、仕方ないわね。追いかけましょ」
あまり時間はないけど、セルジュは止まりそうにない。
足早に彼の後を追いかけ、巨大な枝のようなものの上を渡る。少し歩いたところで、レナの切羽詰まったような声が掛かった。
「危ない!二人とも伏せて!」
「えっ?」
慌ててその場に伏せる。するとその後すぐ、巨大な生物が頭上を通り抜けて行った。
「何あれ!」
「…虫、みたいだったわね…」
虫はあまり得意ではない(得意な女子など無に等しいだろうけど)見ればレナも青い顔をしている。
「とんでもない所ね。早く行こう!」
そう、早く先へ進みたかったのだが。
「ニンゲン、コノ森ニイラナインダナ。即刻、退治ナンダナ。」
「……は?」
今度は謎の黄色い生物に行く手を阻まれたのであった。
謎の生物を見ては非常に微妙な顔をした。
「なんなの、この黄色い生物は」
「解らない…けど」
視界の端で何かが動き、セルジュの髪の毛が数本宙に舞った。
「チ、外シタンダナ」
「僕らに敵意を持っている事は…間違いないね」
「倒さなきゃ通してくれなそうね」
セルジュとレナがそれぞれの武器を構え、戦闘態勢に入る。(レナのフライパンを見ては心底驚いた。なんでも武器になるんだなあ)
「(…うん、闘わないと)」
は溜め息を吐くと、武器として使っている杖を構えた。先頭に繊細な飾りの付いた、棍に近い乳白色の長い杖。旅の途中疲れたら突いて歩けばいいので重宝している。
「(戦いは得意じゃないけど…)」
キッと黄色の生物を見据える。倒さなければ、キッドを助ける事が出来ない。
「覚悟し――」
杖を振り上げた瞬間だった。
「俺、仲間呼ブ」
「は?」
黄色い生物が笛を取り出して吹き始めた。
そしてぴょろろ〜と何とも言えない音が響き、どこからともなく黄色い生物がもう一匹現れたのである。
「「「………」」」
固まる一同をよそに、再び鳴る笛の音。
「俺、仲間助ケル」
「ま、また増えた…」
一気に敵が三匹になってしまったのであった。
「俺タチピパピパ、仲間思イ」
「セルジュ、どうやらあの黄色いのはピパピパって言うらしいわ…」
「うん…そうだね…」
「セルジュ!!そんな事言ってる場合じゃないわ!」
遠い目になるセルジュとをレナが叱る。
「早く最初の一匹を倒さないと…きっといっぱい増えるのよ!」
「いやー!それはいやー!」
いつの間にか六匹まで増えてしまったピパピパを睨みつけるが、どうも最初のピパピパの様子がおかしい。
何事かと思っていると、ピパピパはしょんぼりと肩を落としながら。
「俺、モウ仲間呼ベナイ…俺、友達少ナイ…」
「「「………」」」
ピパピパ界にも交友関係が色々あるようだ。
「よくも驚かせてくれたわね…」
ゴゴゴゴ、との周りに怒りの炎が現れる。
「もう増えないならこっちのもんよ!行くわよ!」
続いてレナの周りにも炎が現れた。
言っておくが、エレメントは使っていない。
「いや、一応数的にはこっちが不利だから…聞いてる?二人とも」
セルジュがフォロー(?)するのも構わず、何匹増えるのかと怯えていた女子二名は、その鬱憤を晴らすべくピパピパの集団に突撃をかけていき。
「ゴ、ゴメンナサイ、ナンダナ」
見事ピパピパ集団を倒したのであった。
「全く、余計な事させないで欲しいわ」
憤慨するレナにピパピパはしょんぼりと俯き。
「コレアゲルカラ許シイテ欲シインダナ」
「…これ、さっき吹いてた笛?」
セルジュがそれを受け取ると、ピパピパは立ち上がった。
「ソレガアレバ、ロザリー手ナズケラレルンダナ。」
「ロザリー?」
「呼ベバ解ルンダナ。丸クテ広ケタ場所ガベストナンダナ!」
「ああ、そう…」
何か嫌な予感がしないでもないけど。
「じゃあ二人とも、先に進みましょうか」
「そうね」
レナの言葉に、再び上を目指して歩き出したのだった。
「……クックック」
その姿を、ピパピパが怪しく見ているとも知らずに…。