17


キッドの体調もすっかり良くなり、ガルドーブを出発する事となった。
途中、コルチャの妹分・メルによるエレメント盗難事件が発生。何かとドタバタしたがそれも解決し、一同は船着き場の前に戻って来た。

「さあて…これからどうしよっか?」
「そうだな…」

の問い掛けに、キッドはセルジュを振り返る。

「セルジュ。お前はどうするんだ?」
「え、僕?」

キッドに名指しされたセルジュは、きょとんと瞳を瞬かせた。

「ああ。帰るアテが出来たんだろ?自分の世界に帰って、こっちで見た事聞いた事、みんな忘れて生きたっていいんだぜ?」
「……」

キッドの問いに、セルジュは暫く黙っていた。
考えた後、こちらを真っ直ぐ見つめ、はっきりと言った。

「…まだ、元の世界には帰れないよ」
「そうか…」

セルジュも色々考える事があるのだろう。真剣な表情のセルジュに、キッドは納得したように頷いた。

「じゃ、もう少し一緒にいるか。いいよな、?」
「勿論。よろしく、セルジュ」
「うん…よろしく」

にこりと微笑みかければ、同じように優しげな笑顔が返ってきた。癒し系な笑顔にの笑顔も深まる。
ニコニコ…ニコニコ…。はたから見れば、会話もなく笑い合っている不思議な図である。

「お前らなあ…」

そのままニコニコと笑い合っていると、キッドから呆れた声が掛かった。

「笑い合ってないでさっさと行くぞ。時間は待っちゃくれねーんだからな」
「はーい」

トン、と背中を叩かれる。こんなやり取りでさえも、久しぶりで何だか嬉しいものである。
そうして軽口を交わしながら船に乗り込み、コルチャの運転でテルミナへ向かう。
ガルドーブからテルミナまでは左程距離はない。暫く船に揺られていると、すぐに対岸が見えて来た。
コルチャがオールを使って器用に船を付ける。一足先に着陸すると、達を見回して爽やかに笑った。

「さあ、テルミナまで着いたぜ。あとは好きにしな」
「コルチャ、色々ありがとう」

が礼を言うと、コルチャは「当たり前の事をしただけだぜ」と軽く手を振った。

「まあまた船を使う事があったら言ってくれ。安くしといてやるよ」
「お前、やっぱりちゃっかりしてんな…」

キッドが半ば呆れたように笑った。

「――じゃあそろそろ行こうか」
「そうだな。じゃあなコルチャ」
「…ああ」

キッドがそう言った瞬間、コルチャの瞳が一瞬曇ったのをは見た。
どうしたんだろう、と思う間もなくセルジュから声がかかる。

、行くよ?」
「あ、ごめんね。じゃあコルチャ、また…」
「気ぃつけてな」

はコルチャに改めて礼を言った後、既に歩き出していた二人の後を追って港を出た。
華やかに飾り付けられた住宅街を通り抜け、街の中心部へ。変わらない街の姿に、の胸に色んな思いが込み上げてくる。

「何だか、懐かしいな…」

テルミナを離れてあまり時間は経っていない筈なのだが。
の呟きに、隣を歩いていたセルジュ反応した。

はテルミナに詳しいんだ?」

不思議そうに問われ、は小さく頷いた。

「詳しいって程でもないけど…蛇骨館に潜入していた時、案内してもらったから」
「へえ、そうなんだ」
「蛇骨饅頭とか沢山食べたなあ。材料は…ピパピパの皮とかちょっと思い出したらアレだけど、味は中々でね…」
「いいなあ、僕まだ食べた事ないんだ」

ぐう〜。

タイミングよく響いた音に、セルジュとは顔を見合わせた。セルジュは頬染め、頭を掻きながら照れくさそうに視線を逸らした。

「あはは…何だかお腹すいてきちゃったな」
「そう言えば朝飯まだだったな」

セルジュに続き、キッドも思い出したかのようにお腹をさすった。
それを見たは、「そうだ」と手を合わせた。

「蛇骨饅頭買って来るよ!」
「おー、任せたぜー」
「あ、、一緒に行くよ!」
「いいのいいの」

着いて来てくれようとしたセルジュを「すぐ戻るから」と制し、は蛇骨饅頭を売っている店目指して駆け出した。


++++++++++


出店の立ち並ぶ通り、人々の隙間を縫うように歩く。蛇骨祭ももう終わりだと言うのに、未だに人の波は絶えない。
蛇骨饅頭の店まであと一歩、と言う所では立ち止まった。

(…そう言えば、グレンがよく買って食べていたなあ。)

毎日のように何十個も買って来ては、皆に「またそれか」と突っ込まれていた。その時のやりとりを思い出して、は一人クスッと笑った。
何個か分けてもらったりしたっけ――そこまで思い出して、ぶんぶん頭を振る。

「…駄目駄目、感傷的になっちゃう。とにかく今の私の役目は二人の胃袋を満たす事なのだ」

そうして再び足を踏み出した所で、呼び込みをしていた屋主の声が一際大きく響いた。

「おー、いらっしゃい!」

どうやら先客が来たらしい。やれやれ、戻るのが少し遅くなりそうだ。
ふう、と小さく溜め息を吐いて俯いた、その時。

「おっちゃん、饅頭十個くれないか」

聞こえて来た声に、は固まった。

「グレン…」

視線を上げれば、見覚えのある後ろ姿。柔らかい黄土色の髪、流れる白い鉢巻き。
思わず出てしまったの声に反応し、振り返る動作がやけに緩やかに見えた。

「――

固い声、刺さる視線。
グレンの目が見れなくて、は俯いた。

――謝ろうと思っていた。でも、いざ本人を目の前にしてしまったら、何も言葉が出てこなくて。
謝って、訳を話して、許して欲しかった。でも許されないのが怖くて。
平気な振りをしていたが、結局は逃げたかっただけだと、気付いてしまった。


「ご…っ、ごめ……」

再び名前を呼ばれ、ようやく脳が反応する。
何か言わなきゃ。そう思って絞り出した声は、自分でも驚くほど小さくて。

「騙して、ごめん…わ、私…」

怖い。怖い。顔が上げれない。

それっきり沈黙してしまったの上に影が出来――やがてその頭の上に、グレンの掌が乗せられた。

「………え?」

予想外の事に、恐る恐る顔を上げる。
そこにあったのは、苦笑いを浮かべるグレンの顔。グレンはの頭を少し乱暴に掻きながら、小さく息を吐いた。

「全く悪びれてない様な感じじゃなくて良かったよ」
「…グレン」
「少しは俺達の事好きでいてくれた、って事だろ?」
「……!」

鼻の奥がつんとして景色が歪む。
少しどころじゃない、大好きになってしまった。彼らがとんでもない悪党だったなら、悪びれたのだろうけど。

「…あの事件の話を聞いた後、考えたんだ。はぽやぽやしてて感情がすぐ表に出るし、どう考えてもそんな性格じゃない。何か理由があるんだって」
「ぽ…ぽやぽや…」
「だから俺は……俺とリデル様は、の事を許すよ」

衝撃だった。
自分の目的の為に騙し、最後の最後に危険な目に合わせ、一番利用した筈のリデルが――自分を許すだなんて。

「リデルが…。嘘よ、どうして…」

動揺するの肩に、グレンがそっと手を置く。

「リデル様は、は大切な友人だと言っていた」
「……っ!」

遠く別れた友人を思う。美しく、聡明な孤高の人。
彼女はどこまでも優しかった。

「(リデル)」

ああ、今すぐにでも会いに行きたい。

感動と喜びと、色々な感情が混ざって、は思わず泣きそうになった。
勢いのままグレンの胸に飛び込む。グレンはの肩をそっと抱き寄せ、今度は優しく頭を撫でようと手を伸ばし――ふと、向けられた殺気にその手を止めた。

「誰なの、それ」

かけられた声には顔を上げた。

「セルジュ…」
「遅いから心配になって来たんだけど…」

そこには不機嫌オーラを隠しもせず立っているセルジュがいて。

、そいつに泣かされたの?」
「え、ち、違うよ…」

しかもまだ泣いていない。
何故か怒った様子のセルジュに驚き、涙も引っ込んでしまった。

「お前はあの時の…」

グレンの声に、セルジュが「ああ」と何か思い出した様に呟いた。

「青リンドウを欲しがった兵士だったね」
「…セルジュ?あのね、別に泣かされた訳じゃ…」
「君がとどんな関係だったかはどうでもいいけど」
「セ、セル」

は何だか嫌な予感がして、セルジュの顔を恐る恐る覗き込んだ。が、セルジュは全く話を聞いてくれない。
それどころか、ゆらりと揺れたセルジュの手には、いつの間にか彼の得物であるスワローが握られていて。

を泣かすなんて…覚悟は出来てるんだろうね?」
「ちょっと待て、お前」

怖い程の笑顔――ただし、目が笑っていない。
状況が飲み込めず、ただセルジュの剣幕に飲まれるグレン。
ヒュッと振り上げた腕に、は慌てて飛びついた。

「ななな、何やってるのセルジュ!!!」
「だって、泣かされたんだろう?」
「違うわよもう!あのね、グレンは大切な――」
「……?」

言いかけて止まったを不思議そうに振り返るセルジュ。
は自分の口に手を当て、やがて。

「…大切な友達、なんだから」

その言葉の意味を噛み締めるように。
「ね、」とグレンに微笑みかければ、同じく柔らかい笑みが返ってきた。

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