19


死火山に向かうには船で行くしか道はない。
船を調達しよう、と言うグレンの言葉にセルジュが「あ」と口を開いた。

「コルチャまだいるんじゃないかな。彼に頼んでみようよ」
「ああ、それいいかも…ね、キッド」

もそれに頷く。同意を求める様に、隣に立つキッドの顔を覗き込んだ。

「ようし、じゃあコルチャが帰らねー内にさっさと戻るか」

それ程時間は経っていないが、コルチャがガルドーブに帰ってしまっている可能性もある。そうなってしまっていては、船を調達する術をまた一から考えなくてはならない。一同は自然と早足になっていた。

「…あ、いたいた!コルチャ!」

幸い、港に着いた時、コルチャは変わらずボートの前に立っていて。
はホッとしてコルチャに駆け寄った。

「おう、どうしたお前ら」

パタパタと駆け寄ると、後ろに続くセルジュ達を見回し、コルチャが首を傾げる。

「お前ら、船で行きたい所でもあんのか」
「ああ、よく解ったな」

それにはの隣に並んだキッドが答える。

「俺の船を貸してやってもいい…ただし!」

やった、と顔を輝かせる達をコルチャがビシッと制する。

「それには条件が二つある」
「こんなボロボートじゃ命がいくつあっても足りゃしねーぞ」
「ちょ、ちょっとキッド…」

あながち否定出来る言葉ではなかったが、何も本人の前で言う事はないだろう。機嫌を損ねてやっぱり貸さない、と言い出されたら終わりである。
だがコルチャは全く気にした様子もなくこちらの返答を待っている。条件を撤回するつもりはないらしい。キッドが仕方ない、とばかりにため息を吐いた。

「…まあ贅沢は言ってられねーか。それで、何だその条件ってのは」
「一つは、もしこの先龍の涙を手に入れたらそれを俺にくれ」
「?」

龍の涙と言うと、先ほどでも話に出た宝の事だ。
には何故コルチャがそれを欲しがるのか解らなかったが、セルジュが小声で「ガルドーブから盗み出されたらしいんだ」と教えてくれた。
それならまあ納得出来るし、達が欲しい訳でもないので了承出来る。
さて、もう一つの条件とは何だろう。ジッとコルチャを見つめると、コルチャは何故か言葉を濁して言い出そうとしない。

「もう一つは…今度の件が片付いたら…その…俺の…」

言い辛そうにもじもじする姿に、の頭に一つの考えが浮かんだ。

「(もしかして、もしかする?)」

クエスチョンマークを浮かべる三人とは裏腹に、の表情が輝く。
セルジュとグレンの不思議そうな視線が向けられたがそれには敢えて触れず、コルチャとキッドのやり取りを凝視する。

「何だ!男ならハッキリ言え!」

業を煮やしたキッドが一喝した。
コルチャは顔どころか、全身を赤く染めてキッドを振り返り。

「ああ…俺の、嫁さんになってくれ!!」

・・・・・。

一瞬の内、間が空いた。

「へ…?お前、今、何て言った?」
「だから、俺の嫁さんになってくれって言ったんだよ!」

キッドは何を言われたか解らなかったようで、暫く目をまん丸にしていたが、やがて言葉の意味を理解すると、見る見るうちに険しい表情になっていった。

「おい、コルチャ!ふざけるな!月までぶっとばすぞ!」
「ふざけてないって!実は言うと、俺は…お前の事が…その、初めて会った時から…」
「……!」

ちらちらと視線を寄越すコルチャに、思わず後ずさったキッド。
そのリアクションには思わず噴出してしまった。

「ご、ごめ…続けて、続けて」

キッと振り返り睨むキッドに、口元を覆いながら続けて、と促す。
キッドは憤慨したように腕を組み、改めてコルチャと向き合った。

「お前、オレが誰か知ってるだろ」

コルチャは何でもない、と言うように肩を竦めた。

「ラジカルなんちゃらって泥棒なんだろ。心配するな、俺は過去にはこだわらないタイプだ。」
「だがなオレは…」
「それに今すぐとは言わない。この件が片付いた後で構わない」
「むむむ…!」

断る材料=逃げ道を全て塞がれキッドが唸った。
…恐らく、話だけ聞けばとても素敵な相手なのかもしれない。大らかで頼りがいがあり、相手の全てを受け入れてくれる男性…それでも、それでも。

「(心ときめかないのは、やっぱりアレよねえ…)」

悪い人じゃない、むしろとてもいい人なのだ。だがしかし。
はコルチャの頭の先から足元までを眺め、軽くため息を吐いた。キッドがそこを重要視しているとは思わないが。

「見た目って大事なのよねえ…」
「!」

の呟きに驚いた様にグレンが振り返ったのが解った。

「なあにグレン、そんな顔して」
「いや…でもそんな事言うんだな」
「えー…、だってお互いの事をよく知っているなら別だけど、知り合って間もないなら大事な要素になるじゃない?」
「そうだな…」
「それにプロポーズなんて…これはキッドの人生の大きな分岐点になるかも知れないんだから」

視線を戻すと、未だ厳しい顔をしたキッドと、何か期待するかのような眼差しのコルチャが変わらず対峙している。

「…やれやれ、彼の色沙汰はどうでもいいんだけど」

セルジュが待ちくたびれたように肩を下ろして呟いた。
そして「急いでるんだから」とそっとキッドに近寄り、小声で話し掛けた。

「キッド、この際嘘でもいいからなるって言ってあげなよ」

が「あ」と声を上げる間もなく、キッドの蹴りがセルジュの腹に決まった。

「セルジュ、てめえには関係ねえ。オレ一人の問題だ!」
「…っな、なにも本気で…」

がっくりと膝をついたセルジュに、は半分同情、半分呆れの視線を送った。

「茶化したりしたら駄目よセルジュ、女の子にとってプロポーズは大事な場面なんだから」
「…だって吹いたじゃないか…」
「それはそれ、これはこれ、よ」

痛みに唸るセルジュを置いて、話はどんどん進んでいく。
キッドが「よしわかった!」と一つ大きな声を上げた。まさかOK?!と驚く達。コルチャも瞳を輝かせるが、キッドはコルチャが何か言葉を発する前に、早次に声を上げる。

「しかしいきなりそう言われてはいオッケー、なんて答えられる問題じゃない。前向きに考えておく。ヤマネコの一件にケリがつくまでの間な。」
「…」
「そこらが限度だ。それ以上の事は今は約束出来ないぞ」
「まあそんなとこでよしとするか」

コルチャはその答えに納得したらしい。
満足気に頷き、オールを渡してくれた。

「運転位出来んだろ?」
「うん」

セルジュがオールを受け取り、その感触を確かめる様に軽く回す。

「じゃあ暫く借りるよ」
「やれやれ、やっと進めるか…おいセルジュ、さっさと出発しようぜ」

ボートに飛び乗ろうとしたキッドにコルチャが声を掛けた。

「おい、これからはムチャしないでくれ。俺の未来の嫁さんになる、大切な体なんだから、な」
「ゾゾゾ〜ッ!」

まるで何処ぞの漫才でも見ている気分だ。

「じゃ、オイラは帰る。ボートは貸すだけだぞ、壊すんじゃないぞ!くれぐれも気をつけてくれよ!」

最後の一言はキッドを見ながら言ったようだったが、言われた本人は明後日の方角を向いていた。コルチャは特に気にした様子もなく、軽やかに海に飛び込み泳ぐと、あっという間に見えなくなった。

「………行くか」

何とも言えない騒動。
真っ先に我に返った(もしかしたら最初から聞いていなかったのかもしれない)グレンがそれだけ言うと、素早くボートに乗り込んだ。

「ほら、
「ああ、うん。ありがとう…」

グレンから差し出された手に掴まり、ボートに乗り込みながらは呟く。

「前向きに検討します、ね…」
「?何だよ
「ううん、別に…うふふ」
「?」

は知っている。
その言葉は、日本人がよく使う…体のよい断り文句だと言う事を。

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