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平和で明るい町に似合わない無骨な鎧。
まさかと思い、鎧についている刻印を見れば蛇の印。

「(もしかしてもしかする?)」

ぶつかって来た男性は、今まさに情報を集めようと思った蛇骨館の人間ではないか?
頭の中で思案しながら、差し出された手にそっと掴まる。

「ごめんなさい。まさか人が出て来るとは思わなくて」
「いや、俺も不用意だった。許してくれ」

は丁寧ねえ…と思いながら立ち上がり、改めて男性の顔を見る。
くすんだ黄土色の髪に青い瞳、少しだけあどけない表情の残る青年だった。

「あなたはアカシア竜騎士団の人?」

笑顔で話し掛ければ、キョトンとした顔で「あ、ああ…」という返事が返ってきた。

ビンゴ!

「あ、ごめんなさい急に…私は 。語り部をしながら旅をしているの。本物の竜騎士を一度見てみたくて」
「語り部?」

語り部と聞いた途端、青年が何か考えるように俯いてしまった。

「漆黒の黒衣…国を回る語り部……もしかして御伽草子」

は目を丸くする。
いつの間にか付けられた通り名に、内心恥ずかしさで転がり回りたい衝動を抑え涼しい顔を必死に繕う。

「知っているの?」
「いや…その、あなたの話は夢のようだと話題だ」
「(夢だなんて、そんな大したものじゃないけど…)」

照れくさそうに笑う青年につられて も照れてしまった。
恥ずかしいなあと思っていると、青年が何やら再び思案し始めてしまった。頭を下に傾け、手を口に当てて黙り込んでしまったので、 は不思議に思って声をかけた。

「どうかしたの?」
「…
「ん?」
「よければ、屋敷に来てくれないか?」

願ってもない頼みに頷いたのは、言うまでもない。

「名乗るのを忘れていた。おれはグレン。アカシア龍騎士団の見習い騎士だ」

青年に伴って蛇骨館に向かっている途中、青年──グレンから色々な事を聞いた。
に会わせようとしているのは、館主であり団長である蛇骨大佐の一人娘・リデル。彼女はさる事情で心を痛めており、少しでも元気になれば…と言う事らしい。

ただ一つ不安なのは。

「あー…えっと、グレン、さん?」
「グレンでいいよ。なんだ?」
「じゃあ、グレン。館主の娘さんなんて、簡単にお会い出来る人なの?」

グレンは見習い騎士と言ってたし、身分は相当違う筈である。

「リデル様とおれ達は子供の頃から一緒だったから大丈夫だ」
「『おれ』達?」
「ああ、リデルお嬢様とおれの兄貴ともう一人、カーシュと言う男がいるんだが、皆幼なじみなんだ。リデル様は昔から美しく聡明で…」

どこか生き生きと語るグレンに、何とも微笑ましくなる。

「グレンはリデル様が好きなんだ」
「い、いや、違う!リデルお嬢様はおれがお守りするべき人で…」
「え?そうなの?必死になって否定すると逆にあやしいよ」
「……違うんだ」

お嬢様には──とグレンが何か言いかけた時、目の前に金色の建物が現れた。

「…ここが蛇骨館だ」

流石エルニドを治めているだけあり、見る者を圧倒させる大きさと尊厳さを出している。
門の前には何やら機械で出来たロボットのようなものが立っている。門番だろうか?ユナは内心怯えていたが、二人に反応を示すことなく、すんなりと中に入る事が出来た。

「…すごいね、あの機械。門番?」
「ああ…団員や客人以外は撃退するようになってるらしい」
「へ…へえ…」

流石にキッド一人じゃ倒せないだろうなあと思った。

「リデルお嬢様は最上階にいらっしゃる。行こう」

グレンに導かれるまま中庭を通り、そのまま舘内に入る。

「中も広いね…わぷっ」

中扉に近づいた時、急にグレンが立ち止まった。よそ見をしていたユナは勢い余ってその背にぶつかる。

「わ、ごめんなさい」
「……」
「どうかしたの?」
「いや…ここは仕掛け扉なんだが」
「仕掛け扉…ね。空けられないの?」

特殊な鍵でも必要なのかと、面倒だな――と眉を寄せたら。

「…パスワードを忘れた」

思わぬ台詞に「は」と間抜けな言葉が出た。

「いや、多分合ってる筈だから大丈夫だ。ちょっと待ってくれ」
「はあ…」

本当に大丈夫かな…と不安に思いながらグレンの様子を見守る。

「確か…右に3回、左に…」

扉の隣にある蛇の像を回す仕掛けになっているらしい。
グレンが眉を顰めながら、蛇の像を回し終えた瞬間──

「きゃっ!!」

ガタン!!と大きな音を立て、足元の床が抜けたのであった。

「いったたた…」
「すまない!大丈夫か?」

突然の事に受け身が取れず、腰を盛大に打ち付けてしまった に、軽やかに降り立ったグレンが心配そうに声を掛けた。

「もう…痛いの何回目…勘弁してよ…」

周りを見れば、自分がいるのは鉄格子の中らしい。
招かれたと言うのにひどい扱いだ。むくれた様にグレンを見上げた時、近くから声がした。

「何だグレン、お前また落ちたのか?」

声の方向に顔を向ける。
鉄格子の向こう側、薄い紫の髪をした男が面白そうに笑みを浮かべながら立っていた。

「(誰だろう)」

一般騎士の鎧を着ていない。…何か偉い役職なのだろうか。

「カーシュ兄」

グレンが呟いた名前に、先ほどの会話を思い出した。

「(グレンの幼なじみね)」

見た感じ少し歳が離れてるし、正確にはグレンの兄の幼なじみだろう。
…袴を穿いてるのかしら?変わった服装だな何て思いながらその姿をみていると、カーシュと視線が合った。何故か驚いた様に少しだけその目が見開かれて──やがて視線がグレンに戻る。

「グレン、女を連れ込むなんて珍しいな」
「なっ!」

面白そうに笑うカーシュの言葉に、グレンの顔が赤くなる。

「まあお前も年頃だしな!」
「違っ!彼女は…!」
「大佐に紹介でもするつもりだったのか?」

カカカ、と妙な笑い声を上げながら扉を開いてくれたので、扉を通りながら茹で蛸のようになったグレンに代わって口を開く。

「残念ながら恋人じゃありませんよ」
「ん?そうなのか?」
「はい。私は語り部として旅をしている、 と申します」

営業用の笑顔を浮かべると、「へえ、そうか」と感じの良い笑顔が返ってきた。

「…リデルお嬢様にお話して頂こうと招いたんだ」

復活したグレンが咳払いしながら言う。

「リデルお嬢様に…そうか。」
「そしたらうっかりパスワードを忘れてしまって」
「うっかりじゃねえだろ。仕方ねえなあ。右に2回左に1回だよ」
「ありがとうカーシュ。助かる」
「(グレン…毎回忘れてるのかしら…)」

グレンの日常を心配しながら、カーシュのおかげで無事扉を開く事が出来たのだった。
先程まで入っていた鉄格子を振り返り、思う。

「ねえグレン。手のひらにメモすれば良いんじゃないかしら」
「…考えとくよ」
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