21


翌日。隠者の小屋を出発した達は、海上、ボートの上で立ち往生していた。
突如現れた濃い霧の中、首を動かして上を見れば、現れた巨大な船。

「これが幽霊船?」

ぽつりと呟いたセルジュの声に、が肩を揺らした。

「戻ろう!!」
「えっ」

そう言ってセルジュからオールを奪おうとするのを、慌ててキッドが止める。

「待てよ。戻るったって、死火山はこの先にあるんだぜ?」

そう、困った事に進路はこの船の先にある。
だがはそんな事はどうでもいい、とばかりに首を振ると、目の前にいるキッドの服を強く掴んだ。

「いいじゃない死火山なんて!早く離れようよ!」
「…なあ、まさか幽霊が怖いのか?」
「……!」

図星だった。
グレンに指摘され、顔を赤くさせたと思えば、一気に青くなる。

「そ、そうよ。悪い?」

否定する事も、かといって素直に認めるのも恥ずかしく。
は開き直ったように腰に手を当てた。

「…でも、ボートも自由に動かないんだよ。とりあえず中に入って様子を」
「無ーー理ーー!!」

中に入るくらいなら海に飛び込む!とボートの淵にしがみついたに、セルジュとグレンが顔を見合わせる。

「どうするセルジュ」
「いや…どうって言われても…どうしようキッド?」

の扱いならキッドが詳しいだろうと振り返って問い掛けたが、そこにキッドはいなかった。

「おーい、こっから上に上がれるみたいだぞー」

キッドはいつの間にかボートから離れ、幽霊船(仮)の船縁に足を付けていた。
そのまま進んで行こうとしているのを見てセルジュが慌てる。

「ああ!キッド、一人じゃ危ないって!」
「…仕方ない、行くか」
「そうだね」

「ほら」とまるで子供を相手にするように、セルジュがの前に屈んで手を差し出す。

「皆で一緒に中に入るのと、一人でここで待つの、どっちがいい?」
「うううう…セルジュの馬鹿ああああ…」

セルジュに当たるのはお門違いだと解っていたが、当たらずにはいられない。
せめてもの反抗として、出された手を叩くようにして取った。

「やっと来たか

船縁でキッドと合流すると、開口一番、呆れたように言われた。

「置いてくなんてひどおおい!」
「いつまでもウダウダしてっからだ」

は信じられない、と言うように首を振った。

「何で平気なの?お化けだよ、人間じゃないんだよ??」
「あのなあ、幽霊が何するってんだ?オレからしたら、生きてる人間の方がよっぽど恐ろしいぜ」
「だ、だって…!」

必死に訴えていると、後ろから小さく吹き出す音が聞こえた。
が振り返ると、口元を押さえたセルジュが申し訳なさそうな表情でいた。

「セールージュー…笑ったわねえええ」
「ごめんごめん。何か、可愛いなあって思ってさ」
「そんな事言われても嬉しくない!」
「あはははは」

今度こそ笑われて、は涙目になった。

「もう馬鹿にしてー!こうなったらヤケよヤケ!お化けでもなんでも来いってんだーちくしょー!」
「いいぞー。その意気だー」

キッドがうるせえな、と言いたげな表情をしたが、泣き言を言われるのよりマシだと思ったのか、何も言う事はなかった。
先頭をセルジュ、次にキッド、を間に挟んでグレンが最後尾に続く。因みに、は何か起こったら前後の二人を生け贄にする気満々である。
そうしている内に甲板に出たようだった。相変わらず深い霧に囲まれていたが、辺りを見渡す位の視界はある。

「…意外と普通の船ね。幽霊船って、もっとボロボロなものだと思ってたんだけど」

やはり怖いのか、キッドの背にぴったりくっつきながらが呟く。
先頭のセルジュが周りを見渡しながらそれに頷いた。

「…もしかして幽霊船じゃないのかも知れない」
「え…」

じゃあ何だ、と言おうとしたところで、霧の向こうで何かが動いた。
一瞬幽霊かと怯み身を引いたが、どうやら違ったらしい。――ぞろぞろと刃物を持った人相の悪い男達が霧の中から現れたかと思うと、あっという間に達を取り囲んだ。

「何だ、お前達は?」

キッドの言葉に男達は答えない。
代わりにどこからともなく銅鑼を叩く音が響き、周りを囲んでいた男達の一部がさっと引き、道が出来た。

「ファルガ船長のおな〜り〜〜」

その声と共に現れた、一人の男。
全身を黒い服に包んだ、屈強そうな体。むき出しになった太い腕にはご丁寧に入れ墨まである。オールバックの髪を後ろで結び、口元には立派な髭を携えている。これはあれだ、一見して解る。

「海賊…!」
「よく解ったな嬢ちゃん」

の声に海賊――ファルガがニヤリと笑って答えた。
にはその顔が死神の顔にでも見えたのか、顔を青ざめさせながら必死に声を絞り出した。

「わ、私達をどうするつもりなの…!」
「どうするかは、おまえら次第だ…」

じり、ファルガが一歩近付く。

「まず、教えてもらうか……おまえらの目的はなんだ?」
「へ??」

金を出せ、とでも言うのかと思えば、予想外の質問だった。
きょとんとする達に向かって、一人の海賊が声を上げる。

「しらばっくれてもダメですよ。私たちは、アナタ方が向かおうとしていた死炎山の岸に、蛇骨大佐とヤマネコの船が着いたのを確認しています。彼らのところへ伝令にでも行くところですか?」
「……えーと」

どうやら何か勘違いされているようだ。
さて、何と説明したものか。が迷っていると、隣にいたグレンがわざとらしく大きな溜め息を吐いた。

「ふぅ。お門違いだな……」
「あ?なんだ?どういう事だ、そりゃあ」
「どうしたもこうしたもねえ。オレ達はヤマネコを追ってんだ。仲間呼ばわりされちゃたまったもんじゃねーぜ」
「そうよそうよ」

キッドの言葉にも便乗する。

「か弱い少女二人に、平凡な少年。どっからどうみても正義の味方の騎士…この四人がヤマネコの手下なんて考えられないでしょう?」
「……か弱い?」

ファルガがを頭から足下まで見た後、キッドに視線を向けた。それが段々と疑い深そうなものに変わる。

「か弱い、ねえ…」
「…おい、何だ、言いたい事があんならハッキリ言え」

不機嫌を隠そうともしないキッドに、ファルガの顔が歪んだのは……見なかった事にしよう。
だが本気で憤慨するキッドに、ファルガが若干警戒を緩めたようだ。
話し方から察するに、彼らはヤマネコ側の人間ではないどころか、ヤマネコ達に何か恨みでもあるような口振りだ。
はセルジュと顔を見合わせ、小さく頷く。まだ味方と決まった訳ではないが、訳を話してみるのも良いかも知れない。

「…僕たちは……」

セルジュも頷き返すと、今までの事を話し始めた。

「……なるほど。で、ヤマネコ達の後を追ってるってわけか」

一通り話し終わった所で、ファルガは納得したように言った。

「しかし…おめーら、命がいらねーのか?ヤマネコの野郎の恐ろしさがわからねぇとはな。あいつは、人間じゃねえ。血も涙もねえ、野獣…まさに、死の化身だ」
「あなたは、ヤマネコに何か恨みでもあるんですか」

そこまで言うからには何かあったのだろう。
気になったセルジュが質問すると、ファルガは煙草に火をつけながら自嘲気味に笑った。

「実はな、俺達も昔あいつらとはいろいろあってよ。こうして幽霊船のふりしてさまよわなきゃならねーのも、もとはと言えばヤツらのせいよ」
「はあ」
「ヤマネコと戦うねぇ……ま、口で言うのは、簡単だわな」
「何が言いたい?」

煮え切らない態度にキッドが業を煮やした。

「おい!例の、連れて来い!」
「ヘイ! ファルガ船長」
「てめえ、何をしようってんだ!」
「な〜に、おまえらみてぇな若造が、本当にヤマネコと戦えるのか、どこから、その自信が来るのか見せてくれよ」
「何だとお?」

ガチャガチャと響く足音。
何かが来る。
音の方へ意識を集中させる。やがて足音が、一際大きくなったかと思えば、そこに現れたのは。

「が、骸骨じゃないですか…」

固まったを見てファルガがニヤリと笑った。

「さぁ、オレたちを納得させてみな!!」

inserted by FC2 system