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「――!今日も外の世界の話をするのです!」

そう嬉しそうに話し掛けてきたのは誰だったか。
ぼんやりと霞む意識の中、頭を必死に働かせる。

「(ああ、そうだ。思い出した)」

猫でも犬でも兎でもない。まるで着ぐるみのような愛らしい容貌。
蛇骨館にいた頃、ルチアナという研究者の女性に見せてもらった、ツマルという生物だった。

「(可愛かったなあ。)」

研究対象として檻に捕らわれていたツマルは、が姿を見せると外の世界の話を強請ったのだ。
今どうしてるかな、と思った所で、の意識は再び途絶えた。

++++++++++

「あまり記憶がないのだけれど」

開口一番、は言った。

「何があったんだっけ?」

達が居るのは倉庫のような小さな部屋。恐らくは海賊船の中の一室だろう。
甲板にいた筈だが、何故こんな所にいるのか?小さく首を傾げると、向かいに座り込んでいたグレンがそれに答えてくれた。

「骸骨は覚えているか?」
「…うん、あんまり思い出したくないけれど」

ジェネラルと言う骸骨型のモンスターをファルガにけしかけられたところまでは覚えている。

「骸骨が襲ってきた瞬間、がキレて手当たり次第エレメントを…」
「え」

グレンの言葉に、はまたやってしまった、と顔を歪めた。
ヒドラの沼でロザリーに向けたような暴走を仕出かしたに違いない。

「でも骸骨を倒した途端、、気を失っちゃって」
「えっ!それって、私のせいで捕まっちゃったって事?!」
「いや、違う」

グッと詰め寄って来たにグレンは首を振った。

「その後デカイ鳥と、あのファルガ船長と戦ったんだが…武器に痺れ薬を塗られたらしい」
「情けねー話だぜ」

窓の外を眺めていたキッドがうんざりした様に言った。

「あは、薬盛られるの二回目だね」
「まったく…」

が茶化すように笑うと、ラジカルドリーマーズの名折れだぜ、とキッドが振り返り、そしての隣に目をやって眉を顰めた。

「しっかし、まだ起きないのかセルジュは」
「あ、セルジュ?そう言えば声がしないと思ってた」

セルジュはの隣で横になって眠っていた。が顔を覗き込んで手を振ったりしてみたが、セルジュはピクリとも動かない。

「…起こす?」
「放っとけ放っとけ。起きた所でこんな状況じゃなんも出来やしねーよ」
「そっか」

再びその顔を覗き込んで、その額に大量の汗を見たは思った。

「嫌な夢でも見てるのかしら…」

セルジュの眉間には皺が寄り、顔も全体的に青白い。

「(そうよね。こんな寝難い場所に転がされたら夢見も悪くなるよね)」

室内の固い床を叩いて、その寝心地を想像した。
セルジュはまだ起きる気配はない。ならばせめて、とはセルジュの頭を持ち上げ、隙間に己の膝を差し込んだ。いわゆる膝枕と言うやつである。自身も積み上げられた荷物に凭れかかると、一連の行動を見ていたらしいキッドが訝しげな表情をした。

「…何やってんだ?」
「いや、可哀想だなと思って」
「ふーーん…」
「…何?その言い方」

歯切れの悪い返事を聞いてはキッドに目を向けた。キッドはにやにやと意地の悪そうな笑みを浮かべながら、ににじり寄って来た。

「いや、何ってよお…普通なんとも思ってない相手にそんな事しないよな?」
「ちょっと、何言い出すの」
「なあに、若い男女が何日も一緒に旅してたら恋の一つや二つ生まれるってもんだ」
「あのねえ…」

詰め寄ってくるキッドから逃げようにも、膝にはセルジュがいるのでそれは叶わない。それを良い事にキッドはじりじりとに顔を近づける。

「でもセルジュにはちゃんとオレに話を通してもらわないとな。なんせオレはの保護者代わり――」
「キッド」

ぺらぺら喋るキッドの言葉を遮って一言。

「からかってるでしょ」

キッドがペロッと舌を出した。
恐らくコルチャの一件でがからかった事の、彼女なりのささやかな復讐なのだろう。
悪かったわよ、と謝るに、まだ笑みを崩さぬまま「さーてどうだか」と呟くと、キッドは再び窓際に戻って行った。

「……」
「…う…」

が憮然とした表情でそれを見届けたのと同時に、の下から小さく声が上がった。
視線を下に下げると、セルジュがうっすら目を開けていた。だがその瞳は、夢から抜け出せないのか、ぼんやり虚空を見つめたままでいて。

「セルジュ?大丈夫?」
「……あ……?」

がややあってから声をかけると、ようやくセルジュの視線が定まった。

「随分魘されてたけど…」
「うん、ちょっと嫌な夢を…って、あ!?」

ごしごし目を擦ったセルジュが、自分の頭がの膝の上にあるというのを理解したのか、慌てて飛び起きた。

「うわ、ご、ごめん!」
「え?あ、うん…こっちこそごめんね…」

真っ赤になって謝るその慌てっぷりに、に罪悪感が生まれてしまった。よかれと思って思った事だったが、やはり迷惑だったのだろうか。

「床よりはマシかと思ったんだけど…。仲間とは言え、膝枕はないよね…」
「ち、違うんだ!そうじゃなくて!」

暗くなったにまたもやセルジュが謝る。

「本当!嫌とかじゃないから!」
「…そう?」
「勿論だよ、むしろ嬉し――」

バン!!
殆ど叫びに近い勢いで喋っていたセルジュよりも、更に大きな音が響いた。
それは部屋の扉が開いた音だったようで、勢いが跳ね返り再び閉まりそうになっている。
鍵がかかっていた筈だと、不審に思うより前に影が――骸骨<パイレッタ>が室内に飛び込んで来た。

「ぎゃああああ!!」

それは運悪く一番手前に居たに襲いかかってきた。はたまらず絶叫すると、咄嗟に近くにあった箱(結構重い)を投げつけた。

ガンッッ!

当り所が良かったのか、パイレッタはガラガラ音を立てて崩れ、そのまま動かなくなった。は窓際まで後退すると、暴れる心臓を抑え大きく息を吐いた。

「ああ、びっくりした…!」
「びっくりしたのはお前の叫びだぜ…」

キッドが耳を塞ぎながら小さく抗議したが、は聞かなかった事にした。

「これで外に出られるな」

パイレッタを乗り越えグレンが扉に近付いた。

「何だか嫌な予感もするが、どうする?」
「ここに居ても何も変わらないし、取り敢えず出てみようか」

セルジュの言葉に抗議したのはだった。

「嫌だ…!外にもあんなのがまだウジャウジャいるかも知れないじゃない…!」
「………」

セルジュとグレンは顔を見合わせ――やがて同時に口を開いた。

「「置いていくよ(ぞ)」」
「――!!」

薄情者!と叫ぶを引き摺り、一同は暗雲立ち込める部屋の外へと出て行ったのであった。

外に出ると、先程襲ってきたパイレッタと戦う船員達の姿が目に飛び込んできた。

「クソッ!」

状態は拮抗していた。だが、生きてる人間の方が不利であるのは容易く想像出来て。
自分達を閉じ込めた張本人達。しかし、見過ごす訳にはいかないだろう。考えるよりも早く、セルジュの体は動いていた。

「――離れて!」
「?!…!」

助走をつけ、勢い良く床を蹴り飛び上がる。その勢いのままスワローを振り下ろせば、パイレッタの体がバラバラに砕け、そのまま床に散らばった。

「大丈夫ですか?」
「あ、ああ…助かったぜ。しかしあんたらもよく無事だったな。ヤツらが入っていったからもう、くたばってるかと思ったぜ」
「………」

こんな所でくたばってたまるもんですか。
はそう思ったが、極力今の現実にかかわりたくないので心の中で呟くだけにしておいた。

「この状況は一体…何が起こっているんですか?」

セルジュの問いに、船員が顔を顰める。

「くっ、わりぃな。俺も何も知らねぇよ。気がついたら、あれが襲ってきやがって……このザマよ。先に行きたきゃ、勝手に行きな。俺は止めねぇよ」
「そうですか。…皆、行こう」
「そうだな」

セルジュ達が歩き出したのを見て、もふらふらとその後をついていく。
船内は異様な空気に包まれているのが、立っているだけで伝わってくる。恐らく、というか完全に、あの化け物達が他にもいるのだろう。それこそ、船内のあちこちに。そう考えが行き着いた瞬間、の体を恐怖と不安が一気に襲った。

「皆…」

は完全に色をなくした声で話し掛ける。
振り返った三人の、に一番近くにいたキッドが、の顔をみて心配そうに覗き込んできた。

「おいおい、。大丈夫か?真っ青だぜ」
「ごめん…私、多分この先戦力にならないと思う…」

何を言われようと、苦手なものは苦手なのだ。生理的に受け付けないものの存在を、どうして認められようか?

「………船を爆発させてしまうかも知れない」

そんな力が本当にあるのかは別として、ヒドラの沼でロザリーを丸焦げにした実績のあるである。真顔でそう言われてしまって、思わずキッドが固まる。

「出来るだけ頑張るけど…」

そこで、は、と思いつく。

「いやむしろ、今ここで全部爆発させてしまえば…」
「!大丈夫だ!!!」

自身の武器を握りしめ――握りすぎて白くなっているの手をキッドが慌てて取る。
恐怖に耐えているのだろう。今にもエレメントを発動させてしまいそうな気迫迫る様子に、セルジュとグレンの喉がゴクリと鳴った。

「お前は何もしなくていい」
「本当?」
「そうだな、今日の夜飯の内容でも考えててくれたらいい。こっちの事はオレ達に任せておけ。なあに、三人もいるんだ。余裕だぜ、ハハハ!」

最後の笑いは完全に空笑いだったが、はそれを聞いて安心したのか、ほうっと息を吐き、表情が緩む。

「…ごめん、じゃあ、任せる」

そしては現実から目を背け、今日の夕食について考えを巡らせる事にしたのであった。

++++++++++

この先民家なんてないだろうし、今夜はやっぱり野宿よね。

おいセルジュ、どうしたんだ?

そもそもどこまで進めるかしら…時間的に、死火山の麓あたりで一泊したほうが懸命だと思うけど…。

何か鍵がかかってて進めないんだ。鍵を探さないと…
なんだって?めんどくせえな。その辺に居る奴に聞こうぜ

火山の麓に生き物が居るとも、野草が生えてるとも思えないし。

おいテメーらちんたら戦ってんじゃねえよ。お前か?鍵持ってんのは?あ?違う?

パンと…野草が有ったらスープを作って…。うーん。

おいセルジュ急げ。早くしねーとが夜飯のメニュー考え終わってこの船が爆発するぞ

キッドと二人ならいいけど、男の子もいるからあんまり質素すぎても可哀想な気もするなあ…。

よし、開いたな。急げ急げ…うわ?!今、何かいたぞ

干し肉も使おう。ラディウスさんにたくさん貰っちゃったし。ラッキーだったな。

おいセルジュなんでそんなの追っかけて…あ?そうなのか?仕方ねーな。そっち回り込め

あ、そう言えば鞄の底にチーズが残ってた気がする。パン止めてお米にしようかな。

待て!逃げんなコイツめ!

チーズリゾットと、戻した干し肉入れて、あればスープ、これでいいんじゃない?

よし、捕まえたぞ!

!!!」
「!!!」

近距離から叫ばれた声に、パッと顔を上げる。視線のすぐ先には、先程と同じくキッドの姿。
話しかけられるよりも早く、は口を開いた。

「……パンよりお米がいいよね!」
「ああ、丁度考え終わったみたいだな…」
「そうよ、今日はね…」
なのです!」
「は?え…?」

揚々と答えようとしたのを遮られ、は周囲を見渡した。
はて、今の高い声は誰だろう?
キッド、グレン、そしてセルジュと――彼に抱えられた生き物に目を丸くした。
丸いクリーム色の体、同じく丸いピンクの角とウサギの様な耳、長く巻かれた尻尾。ぱたぱたと足をばたつかせる度、胸元の鈴がりんりん鳴っている。それは蛇骨館にいる筈のツマルそのものだった。

「あっ、ツマル?ツマルじゃない!どうしてこんな所に…?!」

檻に入っていた筈の彼が何故こんな所にいるのか、には検討もつかなかった。
ツマルはセルジュの腕から脱出すると、の方に飛んで来た。

「ツマルは、海を見たかったから、乗りこんだのです。目がさめたら、化け物いっぱいでびっくりしたのです」
「あら…怖かったね。可哀想に」

いつも外の世界の話を聞いてきたもんなあ。と、頭を撫でながら思った。

「ツマルは、ずっと研究室にいたからもっと、もっと、外の世界をみたいのです……」

みるみるうちに耳が垂れていく。
いたたまれなくなって、は思わず言った。

「じゃあ一緒に行こう。ね?」

研究していたルチアナには悪いが、もう逃げた後なので、この際ツマルの望みを叶えてあげよう。
ツマルの目が輝き、一瞬にして耳もぴーんと立つ。

「本当?本当にいいのです?」
「いいよー。一緒に冒険しようね」
「ありがとうです!!」
「うふふ、いいのよ」

ぱたぱた耳を振るツマルに、デレデレになる。だが、忘れてはいけない。

「……は!そういえばここは…!」

そう、幽霊船のまっただ中なのである。
あたりにば化け物の姿はないが、取り巻く嫌な空気は変わっていない。

「あ…?!しっかりするのですー!」

ぺちぺち頬を叩いて来るツマルをよそに、は次は明日の朝食の事を考える事にした。

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