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水龍の島は妖精の住処だ。
一度グレンは待機しててもらい、島が故郷であるラズリーと一緒に向かう事になった。
グレンはもう一つの世界が気になっていたようだったが、また機会があると言い、古龍の砦に行く時に合流しようと別れた。

「フンフ〜ン」
「ラズリー、故郷は久しぶりなんでしょ?楽しみだね」
「もちろんだよ!」

ラズリーは帰れるのが余程嬉しいのか、顔を綻ばせ鼻歌を歌っている。
可愛い子の笑顔は癒される。も「他の妖精とも会えるなー」と心を躍らせた。しかし、その思いは砕かれる事となる。

「な、なんだこれは…」

アルニ村からボートに乗り島を訪れ、妖精の住居区域に入った途端、目に入ったのは地に伏した妖精達の姿だった。
暴れ回り、妖精に攻撃しているのはドワッフ達。
キッドの戸惑った声に応えたのは、島の高台に陣取って指揮していたドワッフの一人…ヒドラの沼にいた、、セルジュ、ラズリーの三人が戦ったあのドワッフだった。

「ふん、誰かと思えば貴様らか。どうだ?この美しい島は。我々の新天地にふさわしい…感謝するぞ、貴様らが教えてくれたのだ。略奪し、他者を排除する事を。この地はもう我らのもの…即刻立ち去れぃ!!」
「なんて事を…」

ひどい、と言おうとしては口を噤んだ。
仲間の命の為にヒドラを滅ぼした達と、生きる住処を得る為に島を襲ったドワッフ達。何の違いがあるだろうか。
戸惑っているうちにドワッフ達は島の奥へ行ってしまった。

「…っ大丈夫?!」

セルジュは近くに倒れていた妖精に駆け寄った。
…既に息はない。静かに首を振ると、ラズリーが悲鳴を上げた。

「どうして、どうしてこんな事に…」

家族が、仲間が、蹂躙されている。

「ラズリー…」
「…行こう!」

これはドワッフを追いやった自分たちに責任がある。負い目があるとは言え、この所業は止めなければならない。
達はドワッフを追い、島の奥へ向かった。

「ヒドラってまさか……。なあ、あいつらの事知ってんのか」
「…うん」
「……そうか」

まさか本人に『キッドを助ける為にヒドラを滅ぼし、結果彼らがここを襲撃した』などとは、到底言えなかった。しかし、の態度でキッドは何か悟ったらしく、それ以上追求して来なかった。

「(これは、私たちの責任)」

ドワッフを非難する資格などない。


「セルジュ…うん、わかってる」

だが、彼らに伝えなければならない事があった。

「やはりここまで来おったか。だが、我々とてこのまま貴様らにやられるものか!そう、貴様らの手にかかり滅びたヒドラと、滅びゆくレールに乗った我らが故郷の借り、貴様らの命で精算してくれる!」
「待って!話を聞いて…!」
「問答無用!!」

話しかける暇さえ与えられず、ドワッフ達の攻撃が始まった。

、仕方ないよ。僕らが言えたことじゃないけど…一度頭を冷やしてもらおう」
「セルジュ…」

セルジュはそう言って飛び出して行った。ラズリーも悲しみを押し殺してロッドを握っている。その後ろ姿を見て、も杖を握り直した。

「ぐぅ、なんたる強さ……」

ドワッフ達は妙な戦車のような物に乗り込んで攻撃してきたが、続けざまにエレメントを打ち込むとやがて爆発を起こして吹っ飛んだ。爆発のダメージか、中から避難したドワッフが次々と倒れ、尚も戦おうとしていたドワッフ長も後ろに倒れこんだ。

「我らの新天地をも、人間共に追いやられるのか?この大地には我らが平穏に暮らす場所は存在しないのか……運命の神よ、なぜ我らだけがこのような目に遭うのだ……」

ドワッフ長の光が、消える。

は慌ててケアを掛けた。

「待って!まだ、逝かないで!あなた達にはまだやるべき事があるわ…!」

の声にセルジュが続く。

「あの森はまだ死んでない。ヒドラもまだ絶滅してない。子供がいたんだ…まだ、小さな幼体だけど。あの森は死なない。これからも生き、在り続ける。」
「ヒドラに子供が…?!あの森にはまだ希望が残されているというのか」

ドワッフ長が飛び起き、周りのドワッフもふらふらしながらも起き上がる。敵意は消えたが、こちらに向ける厳しい目は変わらない。

「だが命を奪ったのは事実。それはおまえ達が死ぬまで消えることのない歴史、真実。だが過ぎ去った時間は戻らぬ、我らも過去に囚われてばかりでは前に進めない。我らはいま一度あの森へ帰ろう。さらばだ、人間達よ。我らが犯した罪もまた死ぬまで消えることのない真実。その罪を背負い、一生かけて償おうぞ……」

出口に向かって歩くドワッフ長が、去り際にまた一言、ぽつりと呟いた。

「いつか、…いつか、我ら星の子供らが手を取り合い共に暮らせれば……良いがな」

人間を忌み嫌っていたドワッフの本音が、の心に強く残った。

ドワッフ達の後ろにはロゼッタという、ラズリーの姉が横たわっていた。幸い命に別条はなさそうだったが傷が深く、「ごめん、しばらく姉さんと一緒にいさせて…」と言うラズリーに任せて一同は先へ進んだ。
口数はなく、思い空気が漂う。セルジュもキッドも、喋べる気が起きないのだろう。は逃避したい気持ちを抑え、事実に向き合う。

「(ラズリー…あんなに、楽しみにしていたのに)」

仲間は襲われ、彼女の姉も重症を負った。帰って来た故郷に降りかかった悲劇。彼女は今、姉の隣で何を思っているだろう。

「(人間の事、私たちの事…嫌いになったかな…)」

そうなっても仕方がない。は沈んだ気分で水龍の元へ向かった。


よくきた、人の子よ。さあ、我が元へきたれ……


島の一番奥、流れる滝の音が響く広い場所に水龍はいた。オオサンショウウオに似た、カラフルな容態に目を奪われる。
これが、水龍。
その大きさとオーラに言葉が出ない達をよそに、水龍は静かに語りだした。

「……おまえ達がこの地へ来た理由、皆まで語らずとも我はすべてを知り得ている。なにも驚くことはない。古き時代より、この地に在りし我ら゛眠れる龍゛にとっては造作もないこと……。おまえ達が目指す彼の地、『死炎山』に眠るは゛赤き龍゛その赤き力を抑えぬ限り、頂きへの道は困難を極めよう。受け取れ、人の子よ。にえたぎるマグマをも凍てつかせる我が息吹を……」

セルジュの前に白い光が落ちてくる。それを受け取ると、セルジュは頭を下げた。


おまえたちは、
この世界を変えるのか……

それとも自分が変わるのか?

おまえたちは、
我が母なる星と共に歩むのか……

それとも、星に背を向けて
別の道を行くのか?

反転するセルジュの背に、水龍の問い掛けが残った。

++++++++++

「あいつら言ってた。「人間に、故郷の森を追われた」って……そして、ボクらの島に流れてきたって……悪いのは人間だって!!」

ロゼッタを村まで運び、中央の木の根にもたれさせると、周りにいた生き残った妖精達の非難の視線が突き刺さってきた。

「……あなた達人間のせいで、私達の村が、大勢の仲間達が犠牲になったのよ!!なぜ人間は、自然と共に暮らそうとしないの?なぜそんな行為ばかりするの?その選択で、なにが変わるか、先のことを考えたことはないの!どうして、どうして……」

妖精達に責められても、達は何も言えなかった。言い訳しても、もう起こってしまった事を変える事は出来ない。
一人の妖精が近づいてくる。

「ラズリー、お前は妖精だろ!こっちに来い!」

ラズリーは一歩進み、は行ってしまうかと思ったが、ラズリーは首を振った。

「…ごめん、戻れないよ。みんなの事は大好きだよ。でも、でもね…セーさまたちも大切な仲間なんだ、裏切れないよ!」

悲壮な声。ラズリーの気持ちを考えると胸が痛んだ。

「ラズリー、ごめんね、ごめんね…」
…謝らないで」

ラズリーはロゼッタに向かい合う。

「ごめんなさい姉さん、僕は村を出ます…みんなと、一緒にいたいから」
「……いいのよ、ラズリー、あなたの好きにして。でも、いつかは帰ってらっしゃい。ここはあなたの故郷なのだから…」
「姉さん……ありがとう」

痛む傷を庇いながら笑顔を浮かべるロゼッタに、ラズリーは小さく頷いた。

「(いつか…来るのかな)」

折れた木を眺めながらは思った。

帰れる日が、
手を取り合い共に暮らせる日が。

わからなかったが、そうなりますようにと、これ以上悲劇が起こらないよう、
は目を瞑って祈った。

++++++++++

島を出ようとした時、既に日が落ちかかっていたからか、ここまで連れて来てくれたアルニ村のお爺さんの姿がなかった。
仕方なく野営の準備を終わらせ、体を休める。やはり一同に口数は少なかった。

「…ラズリー、本当に良かったの?」

は、一人で離れた所に佇むラズリーに話しかけた。ラズリーは澄んだ瞳に僅かの悲しみを湛えてをじっと見返す。

「やっぱりお姉さんと…」
「大丈夫だよ。そりゃさみしいけど、永遠の別れって訳でもないしネ…」

そう言って集落の方を振り返る。

は、ボクがいて嬉しくないの?」
「まさか!」

は勢いよく首を振って否定した。

「ものすごく嬉しいに決まってる!」

ラズリーは振り返り、そこで初めて笑った。

「あはは、なら良かった。あのね、さっきセー様にも言ったんだけど…謝らないで」
「…」
「こんな言葉で片付けたくないけど…全部仕方なかったんだよ、うん」

最後は自分に言い聞かせているようだった。

「誰が悪いって訳じゃなくて…悪いとしたら、鼻デカが言ってた『運命』ってやつなのかもネ」
「運命…」
「終わった事をくよくよしても仕方ないよ!」

ラズリーは強かった。まだ小さいのに、乗り越えようとしている。

「そうね、先を考えないとね…ありがとうラズリー。これからも一緒にいてね」
「モチロン!」

は愛しい妖精を抱き締めた。

過去に囚われてばかりでは前に進めない…ドワッフの言葉が蘇る。
罪を忘れず、それでも前に進もうと、はその夜、強く決心した。

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