宇宙の片隅で星が死んだ日


「しばらくはここにいればいい」

 青年──フェイトに連れられて辿り着いたのは、美しい浜辺とは凡そ似つかわしくない機械的な建物だった。
 中に入ると両腕を広げた女性の像が出迎えた。その台座に『クロノポリス軍事研究センター』と彫られている。

「(クロノポリス…?)」

 …覚えは、ない。
 ぼんやりと見つめている内にフェイトはすたすたと進む。

「人はいない…が、人のようなものはいる。かつては人だったものだ。今はただの思念でしかない」

 そう言ってフェイトが視線を向けた先には、人型の半透明な発光体が二つ。まるで話をしている様にその腕らしきものを動かして揺れていた。

「心配する事はない。ここでは時間の流れが違う。空腹も老いも感じる事はないだろう」
「はあ…」

 よくよく考えればとんでもない事を言っているのだが、なくなんとなく流すだけだった。そう言うのならそうなのだろうと、脳はすんなりと受け入れる。
 広い内部をひたすら歩く。エレベーターに乗って四階に上がると、大きなモニターがどこかの景色を映し出している部屋に案内された。

「さてお嬢さん、君の事を少し調べさせてもらおうか」
「え?…わっ」

 どうやって、と声を上げる間もなく光に包まれた。同時にりいん、と涼しげな鈴のような音が鳴る。
 不快ではない。ただその光を眺めている内に少しずつ光は消えていって、光が消えたその先には、首を傾げたフェイトがなにやら神妙そうな表情でこちらを見つめている姿があった。

「……ふむ」
「あの、今ので何かわかったんですか」
「データベースに存在しない…イレギュラーな存在…」
「……?」
「…………まあ良い。先程言った通り、ここにいれば良い」
「それは…どうも」

 長い沈黙、質問に答えてくれなかった事が少々不満ではあったが、とりあえず身の置き場に困る事はなさそうだ。
 周りは全て海だった。海の孤島…出て行けと言われてもどうする事も出来ないだろう。

「…ここは、何をしている施設なの?」

 人のいない、複雑そうな沢山の機械。記憶があったとしても理解出来る代物だとは思えなかった。

「まあ…軍事研究施設と言ってはいる」
「へえ…あなた一人で、大変じゃない?」

「あのお化けみたいなのはいるけど」と付け足すと、フェイトは「ああ」と思い出したように言った。

「私は人ではない」
「えっ」

 思わず上から下まで青年を見やる。白衣を纏った、ごく普通の青年。瞳だけ珍しい赤い色を帯びている。
 無表情だけど、どこをどう見ても『人』の形をしているが…。

「…どう見ても人間なんだけど…」
「この体は、以前いた研究員をイメージとして映し出している」
「う、映し…?ちょっと失礼…」

 そっと手を伸ばす──が、その体に触れる事は出来なかった。

「……嘘お」

 何を言われても動じずにいたが、これには流石に絶句した。

「軍事研究というのは表向きの言い方だ。私はここでずっと人類を見守り続けている」

 その時の感情を単純に言うと、「なんのこっちゃ」である。

「……うん。多分ね、私が記憶がないからってだけでなく、もう色々情報過多だと思うの」

 少し休みたいと言えば、フェイトは「ならば下に戻ろう」と踵を返した。
 表情が一度も変わらなかったのは、人間じゃないからか。人間じゃないなら、一体何なのだろうか。そもそもここはどこだ。私は誰だ?何をしている?

「(…頭、痛い)」

 今はただ休息を求め、目の前にいるフェイトの後を追った。
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