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戦うしかないのか。
そう聞いた時、ファイトは逆に聞き返してきた。
それ以外の道があると思うか?と。

『フェイト』が世界を導いている。運命の書を通して人々に暗示を掛け、歴史を変えない様に指示してきたのだ。エルニドの異変が大陸に影響を与え世界を変えると、『フェイト』の存在していた2400年もまた変化することになり、そのパラドックスは大きな危険を伴うから…。

十四年──あの時。フェイトは炎の調停者でなくなり、その権限を取り戻す為に奔走した。そして十年前、「調停者」となったセルジュを殺して権限を取り戻そうと海へ突き落とし、その生死がパラレルワールドを生んだ。だけどセルジュが死んでも権限は戻らず、結果としてセルジュが生き残った世界に完全に介入出来なくなってしまった。
パレポリ軍に制圧されたテルミナと、蛇骨大佐が治める平和なテルミナ。ヒドラが存在していた世界、乱獲され絶滅した世界…。二つの世界の相違はこうして生まれた。

情報量の多さと、その内容に頭が痛かった。
フェイトはワヅキの精神を乗っ取りヤマネコとなった。そしてヤマネコは幼いセルジュを…。
はただただ首を振る。残酷な真実に、言葉が出なかった。絡み合って積み上げられてきた歴史が、悲しかった。

「私は、私の邪魔をする者を許しはしない。フェイトを倒すという事は……人類は自ら破滅の道に足を踏み入れるという事だ」

人と、龍と、星と…。
フェイトによって語られた、あまりにもスケールの大きい話に、はとてもついていけない。

「私は人を愛している…だからこそ今まで守ってきたのだよ」

復讐の為、虎視眈々と炎奪還を目論む六龍たちから…。

自分が何をするのが最良の道なのか、は答えを出す事は出来なかった。
ただ一つ想像出来たのは、きっと彼らは、人の可能性を信じて進むだろうという事…。
そして、その仲間の中に自分はいないという事だけは、はっきりとわかっていた…。

++++++++++

頭の中を様々な事が駆け巡って、あまり眠る事が出来なかった。
翌朝、気怠げな動きで寝返りを打ったの目に、ドレッサーの前に腰掛けて身支度をしていたキッドの姿が映った。美しい金髪が慣れた手つきで結ばれていくのを眺めながら、は考える。

「(…少なくとも、キッドの居場所はここじゃない)」

真実を隠していたら、誰も本当に幸せになんかなれない。嘘はいつか綻び、心に影を落とすだろう。

「(私はもう戻れない…だけど、キッドだけは…)」

例え覚えてなくても、説明しなければならない。は意を決して立ち上がった。そして近付いてくるに気付いたキッドと、鏡越しに目が合う。

「よお、おはよう、…どうかしたか?」
「キッド…」
「ん…?どうかしたか?」
「…どうしてあなたが覚えてないのかはわからないけど……今のセルジュは、セルジュじゃないの」
「………」

髪を結び終えたキッドは、体ごと振り返ってじっとを見上げた。笑って一蹴した昨日とは違い、真面目な顔での言葉を待っている。

「精神はヤマネコなの。古龍の砦で入れ替わったのを、この目で見た。あの時の事を細かく説明する事だって出来るし、あの時現場にいたグレンや…もしかしたら蛇骨大差も証言してくれるはず……お願い、信じて。今ヤマネコがキッドを連れてる理由もよくわかんないけど…キッドはここにいちゃいけない。本当のセルジュのところに行かなくちゃ…」

キッドは静かに首を振った。

「……悪いな。見覚えのない事は信じられないし、今のセルジュだってオレの目にはセルジュに見える。それに」

いつもならきらきらと輝いている筈の青い瞳に、何物も寄せ付けないような影が掛かった。

「どうでもいいんだ、そんな事」
「──?!」

俄かには信じられない言葉だった。動揺するをよそに、キッドは淡々と続ける。

「オレは…オレには関係ない。オレはもう、何がどうなってもいいんだ」
「キッド…だって、セルジュが…!どうしちゃったの?!」
「行こうぜ」
「キッド…待って!」

明らかにおかしい投げやりな態度。は疑問を投げかけるが取りつく島もなく、キッドは一方的に会話を打ち切って部屋を出て行ってしまった。残されたは呆然と扉を見つめ呟く。

「あれは…誰…」

明らかに自分の知っているキッドではない。キッドはいつでも明るく真っ直ぐで。あんな、全てを諦めたような表情をするような人間ではなかった。キッドの身に、一体何が起こったのだろうか?
ヒドラの毒でキッドを失いかけた、あの時のような絶望がを襲う。の中の光が、がらがらと崩れていく…。

「どうした

いつまでも出てこないに業を煮やしたのか、フェイトが部屋に入って来た。反応しないに首を傾げると、ずかずかとの前にやって来ては、の頬に手を寄せて顔を自分の方に向ける。

「…泣いてるのか?」

そう言われて初めて、は自分が泣いている事に気付いた。

どうして泣いているんだろう。
セルジュの事?
フェイトの事?
キッドの事?
…わからない。色々な感情が高まり過ぎて、ただ涙を流す事しか出来ない。

静かに首を振るを安心させるように、フェイトは優しく笑った。

「心配するな。お前を悲しませるものは全て私が排除してやる」

………違う、そうじゃないの…。

そう声を出そうと思っても、喉が張り付いたように動かない。フェイトはの肩を抱き、悠然と歩き出す。

「さあ『ヤマネコ』の所に行くとしよう」

これ以上の絶望を、どう受け入れたら良いのだろうか。きっと、考えても答えはでない。

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