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夜がやってきた。
あれから舘を周り、幸運にも宝物庫を見せてもらったが肝心の凍てついた炎はなかった。
まあ、そんな堂々と置かれていたら逆に驚くのだが。
「…と言う事は、やっぱり大佐の部屋の可能性が高いかな」
客室に備え付けられていたペンを手に取ると、覚えた館内の見取り図を書いていく。
「んー、こんなもんかな」
ざっと全体を見直し、見取り図の下に小さく『主の部屋の可能性高い』と書き加える。インクが乾くのを待ち、小さく畳んで懐にしまう。
明日にでもテルミナに行ってキッドと接触しよう。ただ、館の人間がいるかもしれないので接触する所を見られてはまずい。最悪宿の部屋の扉にでも差し込んでおけばいい。
流石に忍び込んだばかりでキッドが待ちきれずに忍び込んでくる可能性はないとは思うが、いつでも逃げられるよう荷物はなるべく纏めておかなければならない。
少し片付けるかなと、思ったその時、の耳に『カタン』と小さな音が届いた。
「……」
静まる室内。
なんとなく…なんとなくだが扉の前に気配を感じる。誰か来たのかと思ったが、気配の主は何のアクションもしてこない。
「(何だろう、怪しい…。でも、こんなところに不審者…?)」
人の事は言えないが、もしかしたら誰かが忍び込んでいるのかもしれない。はビビりながらも立ち上がり、素早く扉に近づいて──
「誰!」
勢いよく扉を開いた。
「わーお」
開いた扉の先、まるで道化師のような恰好の人が驚いた様子で立っていた。
赤い衣装に、濃いメイク。
「(細身な体…女の子?)」
予想していた『不審者』とは全く異なる風貌に、気が抜けて眺めていると、彼女は驚きから返ってきたのか瞬きをして一言。
「へぇ、意外と反応良いんだ。驚いちゃった」
「…あなた、誰?」
彼女は笑みを浮かべ「あたいはツクヨミ」と名乗った。
ツクヨミはを上から下まで不躾に眺めると、何やら納得したように「ふーん…」と呟いた。
「なるほどね」
「な、何が?」
「あたい、立場的にはあんたの事嫌いだけど、個人的には好きになれると思うよ」
「…はぁ」
何を言うかと思えば、初対面で「嫌い」とは随分な挨拶である。
「私、あなたに会った事ありましたっけ」
「会った事はないよ。ただ知ってるだけ」
不思議な言葉には首を傾げる。
「…意味が解らないんだけど」
「まあそうだろうね。それでいいよ、今は、ね」
ツクヨミは肩を震わせながら可笑しそうに笑った。
「じゃ、またネ」
「ちょ…」
が止める間もなく、ツクヨミは軽やかに一回転すると同時にそのまま消えてしまったのである。
残されたは誰もいない廊下に呟く。
「…何なの」
ツクヨミの言葉の意味が解るのは…だいぶ後の事である。
++++++++++
翌日。
リデルの部屋に行くのは午後が多いので、お昼前にテルミナに行く事にした。
が「あの門番の前通るの怖いなあ」と思いながら正門を出ようとした時、後ろから声をかけられたので振り返ると、鎧をつけていないラフな服装のグレンがいた。
「あ、おはようグレン。今日は鎧つけてないんだね」
「おはよう。今日は非番で…ちょっとテルミナに帰る所なんだ」
「そうなの?私も今から行こうと思ってたの」
「じゃあ一緒に行くか?」
その提案に「行こう!」と勢いよく返事をしてグレンの隣に並んで歩き出す。
手紙は少し別行動をすればいいだけだし、何より一人で正門を出なくて済む。門番の前を通り過ぎる時にグレンの影に隠れていると、グレンが不思議そうな顔をした。
「怖いのか?」
「うん、そう…飛びかかられたら勝てないなと思って…」
「は客人だから襲われる事はないと思うが…」
「それはそうなんだけどね」
疚しい気持ちがあると言える筈もなく乾いた笑いを漏らした。
数歩歩いてからなんとなくグレンの顔を見上げ、なんとなく聞いてみる。
「ねえ、グレンって何歳?」
「おれ?二十歳だけど」
「えっ!年上だったの!」
驚いてグレンの顔をまじまじと見つめる。
「ごめん。私十七なんだけど、同じ位だと思ってた…普通に軽い口で話しちゃってた…ごめんね」
「いいよ別に。は年齢の割には落ち着いてるな」
「なによう、老けてるって事?」
頬を膨らませたにグレンは笑った。
「そうじゃないって、なんか対等な感じで喋れるから落ち着くんだ」
「えー、それってグレンが子供っぽいって事じゃないの〜」
「それは絶対違う」
「…まあ、私、こっちに来てから色々あって達観したというか」
この世界に来た時の事を思い出して遠い目をする。
嫌でも落ち着かねばならなかったのだ。
「?よくわからないが、苦労したんだな」
「そうなのよ…」
そうこうしている間にテルミナが見えてきた。
「グレンの用事は長くかかるの?」
「いや、そんなには」
「私もそんな時間掛からないから、帰りも一緒に帰ろうよ。また後で合流しようね」
「ああ、じゃあ後で」
は手を振ってグレンを見送った。
「(手紙渡さないと何もできないもんね〜早めに渡せたら少しは観光出来るかな?)」
少しの期待を胸に、はキッドがいるであろう宿の扉を開いた。