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結局、その日はキッドには会えなかった。
街中を歩いて探す事も考えたが、グレンと鉢合わせしても困るし、手っ取り早く宿に手紙を残す事にした。
女将にそれとなく部屋を聞き、外から差し込んで宿を後にする。
そこからぶらぶら観光に繰り出した。グレンと合流出来たらラッキーかな、と思いながら、蛇骨祭が開催されていて賑やかになっている露天を見て回る。
「あ、本当にいた」
露天の店主から何やら受け取り、こちらに向かって歩いてくるグレンを発見した。ラッキーだと、
は足早に駆け寄る。グレンも
に気付くと、薄く笑って迎えてくれた。
「
、用はもう済んだのか?」
「うん、まーね…グレンは何を買ったの?」
何やら紙袋に大量に詰め込まれている。
不思議そうに見ていると、グレンが袋の中から一つ取り出し
に差し出した。
「ほら。一個やるよ」
「わあ、お饅頭?」
蒸されていたのか、それは肉まんのようにほかほかと湯気を立てていた。
しげしげと観察している内に、グレンも一つ取り出し、一口でペロリと食べてしまった。
「蛇骨まんじゅうっていうんだ。おれ、これが好きでさ。よく買いに来るんだ」
「へえ、ありがとう。いただきます!」
ぱくりと齧りつけば、じゅわっと汁が溢れ出してくる。肉まんとは少し雰囲気が違うが、これはこれで中々美味しい。
「うん、美味しいよ!」
「良かった。カーシュ兄は微妙な顔をするんだよなあ」
「…ね、もしかして全部食べるの?食べ過ぎじゃない?」
紙袋には少なくとも十個は入っていそうだ。次々と口に放り込む様子を見て「大丈夫か」と言う気持ちになってくるが、グレンは手を止める事はしなかった。
「これ位軽いさ」
「へえ…男の人ってよく食べるんだね」
そんな軽いやり取りをしていると、
は普通に楽しんでいる事に気付いた。
ずっとキッドと二人で旅をしてきていたからか、こんな風に異性と一緒に過ごす事など久しぶりで。
「(なんか懐かしいなあ)」
グレンの方が年上ではるが、クラスメイトの男子と話しているような感覚である。
「…
?どうした?」
「あ、ううん。なんでもないよ…」
元の世界を思い出して、少し感傷的になってしまった。頭を振って切り替える。
「帰ろっか」
何気ない会話を愛おしく感じながら、笑顔を浮かべて振り返った。
++++++++++
「おう、グレン、
」
蛇骨館に帰って部屋に戻る途中、向こう側から現れたカーシュに声を掛けられた。
カーシュは軽装のグレンと
を見比べるとニヤリと笑った。
「デートか?ダハハ」
「ち、違う!たまたま一緒にテルミナに行っただけだ」
デジャブを感じるやり取りだ。
必死に否定するグレンとは反対に
は冷静で、この人にもよく会うなあと思いながら、カーシュの後ろにもう一人誰かいるのに気付いてそちらに目を向ける。
「…誰、アンタ?」
ピンクの衣装に身を包み、美しい金髪をお団子にした、可愛らしい少女だった。背丈的に十歳くらいだろうか?愛らしい外見とは反対に、冷たい声色と視線が
に向けられた。
「おっと、会うのは初めてか?コイツはマルチェラ。んでこっちが
。リデルお嬢様の客人だ」
カーシュのざっくりした紹介に突っ込みたくなったが、細かい事は後にしておく。
はマルチェラに合わせて屈み、手を差し出した。
「初めまして、
です。よろしくね」
「……よろしく」
少し間が空いたが、差し出した手が握り返され
は安堵した。こちらを胡散臭そうに見る視線は変わらないが、警戒心はなくなったらしい。ホッとしてそのままマルチェラの目を見ていると、グレンから驚く発言が発せられた。
「マルチェラもアカシア騎士団四天王の一人なんだ」
「えっ?」
思わず彼女を上から下まで見る。あまり詳しくは知らないが、昨日グレンに騎士団について少しだけ聞いていた。蛇骨大佐の下には四天王がいて一般騎士を纏めているという。こんなに小さいのに、その一人だというのか?
「騎士団の…四天王?本当に?」
「!」
唖然とした
の言葉に、マルチェラが素早く反応した。手を振りほどき、眉を吊り上げてこちらを睨みつけ──。
「子供だからって馬鹿に──っ」
「凄いね!」
「……はっ?」
被せられた言葉に、マルチェラが間の抜けた声を出した。
「だって、大の大人より強いって事でしょう?それって凄くない?!」
「…な、何よ。馬鹿にしてるの?」
「馬鹿に?してないよ。どうして??」
「……」
疑いのない瞳で返され、マルチェラが後ずさる。思ってなかった反応、心底感心している様子に言葉が出ないらしい。
と言えば、この愛らしい少女が『殺人人形』と呼ばれているとはつゆ知らず、ただ単に子供らしい反応だと微笑ましく思っていた。すっかり黙ってしまったマルチェラに構わず
は続ける。
「凄いね、こんなに可愛いのに」
「か、可愛くない!」
「すっごく可愛いよ。瞳だってほら、こんなに綺麗な青空の色」
「───」
マルチェラは何を言われたかわからなかったのか、一瞬ぽかんとした後、みるみる内に赤くなっていった。
「もう!私行く!!」
「えっ?あ、またねーって、行っちゃった」
スカートを翻して駆けて行ってしまったマルチェラを見送ると、カーシュから盛大な笑い声が上がった。
「やるな
。マルチェラの奴、すっかり毒気抜かれちまったみたいだな」
「そう?本当の事言っただけじゃない。いいなあ、金髪碧眼憧れるなあ…」
「まあそうだな。ただ騎士団だと、どうしてもそう言う視線で見る奴がいないからな。アイツも驚いた…いや、照れたのか?ともかく
、ここには女が少ないからな。アイツと仲良くしてやってくれ」
「あ、うん。あの子さえ良ければ、勿論」
逃げられちゃったから、どうだろう?と言う視線をグレンに投げかければ「すぐ打ち解けるさ」と根拠のない答えが返ってきた。
まあ向こうが嫌なら無理に仲良くする必要もないけど、見かけた時にまた声をかけてみようかな、と
は思った。