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体を包むのは、固く引き締まったたくましい腕。
ほのかに香る汗の匂いが生々しい。
視線を上げると、端整な顔が心配そうにこちらを見ていて。赤い瞳とはごく僅かな距離しかない。
は今、カーシュの腕の中にいた。
「(わ、わ、わーーっ)」
どうしてこんな状況になっているのかというと、話は一時間ほど前に遡る−−
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「龍、見てみたいです」
そう、半分忘れていたがここは「龍騎士団」なのだ。ならば当然龍もいるだろう。この世界に来てモンスターには多数遭遇したが、龍は見た事がない。
きっとカーシュならば見せてくれるだろうと思ったは、昼食の席で小さく手を挙げ懇願した。
「カイリュー系かな?神龍系かな?」
「カイ…なんだって?」
「あ、ごめんこっちの話。ねえ、見てみたいなあ」
期待に目を輝かせる
に少し気圧され、カーシュは珍しく言葉を詰まらせた。
「…まあ別に隠してる訳でもないしな、いいぜ」
「ほんと?やった!」
そんな訳で、念願の龍を見せてもらえる事になったのだ。
気持ち早めに食事を終えカーシュを待っているその姿は、『待て』状態の犬のようだ…とカーシュは思った。
「わあ、すごい!」
連れてこられた龍小屋には、沢山の龍がいた。
馬ほどの体躯に、硬そうな鱗に覆われた紫色の体。
「なるほど、リアル恐竜系…」
さながら恐竜映画に出てくる小型の恐竜のようだ。
隣で腕を組んでいるカーシュに顔を向ける。
「…空は飛べない?」
「空は飛べねえなあ。空飛ぶ龍なんて、六龍くらいじゃねえか?」
「六龍?なにそれ?」
「エルニドに生息する伝説の龍の事だ。まあオレは見た事ないけどな」
「伝説…」
この世界には驚いてばかりである。関心しながら再び目の前の龍に視線を戻す。
締まった手足には鋭い爪が光っていて、攻撃されたらただでは済まないだろう。
「はあー…強そうだね」
「そうだろ?こいつらは調教も難しくてな、乗りこなすのは大変なんだぜ」
「カーシュは乗れるの?」
「当たり前だろ。俺様を誰だと思ってんだ?」
カーシュは自慢げに胸を張った。
「へえ…」
「…乗ってみるか?」
「え!」
しげしげと眺めていたらそんな事を言われた。としては特に乗ってみたいとは思っていなかったが、せっかくの好意と機会なので提案に乗る事にした。しかし不安が一つある。
「私、生き物に乗った事ないよ?馬だって牧場で試乗体験とかだったし」
「なーに、俺がついててやるから大丈夫だ」
「…そう?」
カーシュに言われ龍小屋の外に出て待っていると、しばらくしてカーシュが龍を伴って出てきた。
「こ、こんにちは」
を見下ろす瞳が鋭い。
「可愛いだろ?」
「…(睨まれてるようにしか思えない)」
嫌な予感というのは当たるもので。
カーシュに促され、恐る恐るその背に跨った瞬間、の体は浮いていた。
「きゃーっ!」
「!」
漫画の様にぽーんと高く投げ出され、全身から血の気が引いた。
「(やっぱりやめとけば良かった…!)」
後悔してももう遅い。痛みに備え、きつく目を瞑る。
だけど、待っていた衝撃は思っていたよりも少なくて。
恐る恐る目を開けると、赤い瞳がすぐ側にあった。
「大丈夫か」
投げ出されたを上手い事受け止めてくれたのだろう。所謂お姫様抱っこの状態だった。
「あ、あり、ありが…」
振り落とされたショックも忘れ、言葉が詰まった。
と言えば男性との交流はここ数年少なく、ましてや男性に抱きしめられるなど初めての事なので。
しかも相手が(黙っていれば)男前なので、はそれはもうどう反応していいのかわからず。
「た、逞しい腕だね」
もはや自分でも何を言っているのか。
カーシュと言えば、別にこれくらいどうって事ないのだが、のあまりの動揺っぷりにつられてしまい、「お、おう」と若干上ずった声が出てしまった。
「あ、あの。降ろして下さい」
真っ赤に頬を染めるを見て、カーシュは少し「可愛いな」なんて思ったり。
そして湧いた悪戯心。
「なに、俺の責任だ。このまま部屋まで送ってってやるぜ」
「な、何言って…!」
そして本当に歩き出したので、は焦った。冗談じゃない、心臓がもたない。
「いや、あのね。大丈夫だから…!」
「遠慮すんなって」
ニヤニヤ笑うカーシュに、からかわれていると気づいたは叫んだ。
「もう!バカーシューっ!リデルに言いつけてやるー!」
さんざんからかわれた後、ようやく降ろしてもらえたが、心臓はまだ落ち着きそうもなく。
は数日間、カーシュの顔をまともに見る事が出来なかったのであった。