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「…キッド、そろそろ良いんじゃないかな」
「ああ、そうだな」

薄暗い空間に少年と少女の声が響く。

「やっと夜になったね」
「これからが本番だぜ?寝るなよ」
「寝ないよ!」

梯子を登り地上に這い出せば、月光に照らされ不気味に光る蛇骨館が姿を現した。

「待ってろよヤマネコ。今日こそお前の首を取ってやる…!」

鈍く輝く月を背に、睨み付ける様に強く蛇骨館を見上げた──

++++++++++

「よう、

リデルの部屋から帰る途中、仕掛け扉を出るなりカーシュと遭遇した。
カーシュは の姿を認めると、人の良い笑みを浮かべた。 も笑顔で答える。

「カーシュ、仕事終わり?」
「まあな」
「お風呂これから?泥だらけだよ」

頬についた泥を拭う。
彼とは何回も会話を重ねる内にだいぶ距離が近づいた(とは思っている)
たまに龍小屋での出来事を思い出しては身悶えしてしまうが、カーシュの方は至って普通で。

「(もー。乙女の恥じらいを解って欲しいわ)」

ふと、カーシュが何とも言えない表情をしているのに気付いて手を止めた。

「何?どうかしたの?」
「……いや、何でもない」

げふん!
カーシュが何か誤魔化す様に咳払いをすると、会話を一転させ一言。

「そう言えばマルチェラが探してたぜ」
「マルチェラが?」
「ああ。図書館に行くって言ってたな」
「…でも、あそこは立ち入り禁止って」

蛇骨館には、一般騎士が入れない場所がある。それは仕掛け扉の先にあるエリアで、そこに図書館があるという。
リデルの部屋もそのエリアにあったが、流石にも彼女の部屋にしか入った事はなく、他の部屋の内部は全く解らなかった。
ただ、宝物庫に入った人間の言う事ではない。それを解っているのか、カーシュも「ダハハ」と笑った。

「大丈夫だろ」
「そう?じゃあ行って来ようかな」

カーシュに別れを言い、図書館に行くべく再び扉を開くのだった。

「…マルチェラ、何かしら」

図書館へ続く渡り廊下を歩く。
外に面したそこから、不気味なほど美しい二つの月がを照らして。
は目を細める。

「(…嫌な月)」

何か起こりそうな、そんな予感がした。

姉ちゃん」

巨大な扉を開いて図書館へ足を踏み入れれば、マルチェラがこちらに駆け寄って来た。

「こんばんはマルチェラ」
「こんばんは」

ニコッと無邪気に笑う少女に、こちらもつられて笑顔になる。

「私を探してたって聞いたんだけど…」

首を傾げながら聞けば、マルチェラはこっくり頷いて。

姉ちゃん、探し物があるって言ってたよね?」
「ええ、そうよ」
「ここにその情報があるかも知れないって思って」
「え?」

思いがけない言葉に目が丸くなった。

「ここ、結構貴重な本とか古い本があるみたいだし…でも」

余計な事だったかな、と呟くマルチェラの頭を撫でた。

姉ちゃん?」
「…有り難う」

知り合って間もない自分の為を思ってくれた事が嬉しくて。
そうして撫で続けていると、こちらを見上げていたマルチェラが照れを隠すかのように下を向いた。

「…広いから大変だと思う」
「ふふ、じゃあ張り切って探さなきゃね」
「私も手伝うよ!」

和やかな雰囲気が流れた時だった。

「…子供?」

呟きと共に三人の一般騎士が現れたのである。

「(子供…子供って…マルチェラの事?そりゃ子供だけど…四天王だって知らないのかしら。新米?)」

きょとんと騎士を見つめるに対し、マルチェラはキッと騎士達を睨み付けた。

「何よアンタ達。一般騎士はここに入っちゃいけないって知らないの?」

すると、暫く黙っていた騎士の一人が口を開いた。

「あのな、オレ達はここの騎士じゃないんだ」

マスクの下から聞こえた声にはギョッと目を見開く。

「(キッド?!)」

何か確認するように頷き合っていた三人が隊服を脱いでいった。
その内の一人は間違いなくキッド本人で。

「(あらあらあら…)」

ついに時が来たかと、マルチェラの後ろでがっくり肩を落とした。

「だから何よ。余計怪しいじゃない」

その言葉にはうんうん頷いた。

一人は頭にバンダナを巻いた、見た目ごく普通の少年。
一人は露出の多い派手な少女。
更にもう一人はヴィジュアル系の様な格好の青年。

…どんな組み合わせ?

「マルチェラ、誰か来たのか?」

が異色な組み合わせの関係性を考えていると、頭上から声が降って来た。

「こいつらが」

マルチェラにつられて上を見上げれば、二階から一人の老人がこちらを見下ろしていて。

気付かなかった、とマルチェラが梯子を下ろすのをぼんやり眺める。
何気なく振り返って見れば、キッドと目が合い肩をすくめられた。

「ふむ…お前さんがセルジュじゃな」

老人が少年の――セルジュと言うらしい――名を呼ぶ。
セルジュは不思議そうな表情をしながら口を開いた。

「貴方は…僕を知っているんですか」
「うむ」

老人は神妙な表情をすると、衝撃的な言葉を吐き出した。

「セルジュよ…残念ながらここはお前さんのいた世界ではない」
「「?!」」

は驚いて老人とセルジュを凝視する。

「(違う世界から来た人が、私以外にもいる…?)」

セルジュも大きく目を開いて老人を見ている。

「ある事件が起きて、幼いお前さんの命は天秤に架けられた。生か死か…確率は五分五分。その時お前さんの運命は二つに別れたのじゃ」
「…それはもしかして、十年前の」

老人は頷く。

「そちらの世界ではお前さんは無事生きてるみたいじゃな。現にこうしている訳だからの。」

ただ、と老人は続ける。

「こちらの世界ではお前さんは間違いなく死んだのじゃよ。そして、お前さんの死と言う事実で十年が過ぎた――この世界でお前さんは、過去から蘇った亡霊なのだよ」

シンと――空気が重くなる。

「そうした分岐を起こす場所は『天使の迷う場所』と呼ばれておる。そこでは次元の境界が揺らいで、異なる世界を繋がりやすくしておるのかも知れぬ」
「…元の世界に帰る方法をご存知ですか?」
「流石に儂にも解らない。じゃが、世界のどこかに次元を繋ぐ穴…ワームホールがあると言う…そこが何かしら関係していると…儂は思う」

「天使の迷う場所…」

知らずは呟いた。

老人の話はよくわからないが、気になるのは「異世界」「天使の迷う場所」と言う単語。自分もその場所が関係しているのだろうか。
この老人に聞けば、もっと何か解るかも知れない。

「あ、あの」
「よし、じゃあ確かめないとな!」

の問いかけはキッドの言葉に掻き消された。

「………」
「問題は十年前に何があったか、だろ?先に進まないと、な?セルジュ」
「そうだねキッド…行こう」

セルジュとも話をしてみたいが、そうもいきそうにない。
一緒に行動してるみたいだし、キッドと合流した後に話をしよう…と溜め息を吐いた時。

「行かせないよ」

踵を返そうとした一行の前に立ち塞がったのは、自身の武器を手に、不敵に笑ったマルチェラだった。
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