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「マルチェラ?!」
武器を構えたマルチェラに声を掛ければ、マルチェラはフッと笑って。
「姉ちゃんは下がってて。こいつらは侵入者…黙って帰す訳にはいかない」
「子供」が武器を構える様子に眉を寄せる一行。
そして。
「…お前の名前はマルチェラと言うのかい」
今まで言葉を発せずにいた青年が、マルチェラを見つめ口を開いた。
「何よアンタ」
「お前は僕の妹だ」
「?!」
イレギュラーな少年や、異世界の存在、マルチェラの兄。
次々に発覚する事態には何から考えていいか解らなかった。
「マルチェラ、お兄さんがいたの?」
マルチェラに問いかければ、彼女は顔を真っ赤にしながら反論した。
彼女も以上に混乱しているらしい。
「知らない!アンタなんか知らないし、あたしに家族なんていない!」
「落ち着いてマルチェラ!」
「っ…、……うん、ありがと姉ちゃん」
再び一行を睨むマルチェラの表情に、「子供」の面影はなかった。も初めて見る冷徹な顔。
「ねえ、良いでしょ」
何か確かめるように老人に問いかけるマルチェラに、老人は溜め息を吐いた。
「仕方あるまい。これも運命じゃろうて」
不穏な空気に耐えられなくなったのか、キッドが口を開いた。
「さっきから何なんだこのガキは」
チラッとこちらを見てきたので、恐らく説明しろ、と言う事なのだろう。
…もはや戦闘は避けられまい。
は「やれやれ」といった諦めの入った感じで口を開いた。
「…この子はアカシア龍騎士団四天王の一人よ」
「何!こいつがか」
「ふふ、今更遅いよ」
戦闘体制に入ったマルチェラに青年が叫ぶ。
「駄目だマルチェラ、こっちに来い!」
「うるさーい!」
マルチェラが自身の武器である細いワイヤーのような糸を放つ。
キッド達もそれぞれ武器を構え、図書館の中心で戦闘が始まった。
「え、どうしよう…」
どちらとも戦いたくないし戦えない…むしろこの状況だと部外者だと、一歩引いた場所で傍観するしかない。
「よ、そこは危険じゃ」
おろおろしていたら老人に腕を引かれ、離れた場所に連れて行かれた。
「あの、貴方は一体」
「儂か?時の預言者とでも名乗っておこうかの」
はずっと聞きたかった事を確かめるべく、重々しく口を開いた。ほんの僅かの期待を込めて。
「…私の事も…何か知っているんですか?」
預言者はジッとを見つめ。
「ああ。お前さんは、完全なる異世界の住人…そして」
一瞬、何か迷うような素振りを見せた後、予言者は言った。
「運命に選ばれた存在…じゃ」
「運命に…?」
「よ、迷った時は自身の心のまま動くのじゃ。さもなくばお主は深く後悔するじゃろう…」
それがどういう意味か、には解らなかった。
ただ預言者がどこか悲しげな表情を浮かべるものだから、頷く事しか出来なくて。
「…もう一つだけ聞いても良いですか?」
「何じゃ?」
「私は帰れるのでしょうか」
『元の世界に』
それだけを目的に過ごしてきたのだ。
の問いに預言者は幾分表情を和らげ。
「これからのお前さんの心次第、と言っておこうかの。やはりお前さんも進むしかないのじゃ」
「そう…ですか」
ガシャーン!
一際大きく響いた音には振り返った。
「マルチェラ!」
そして目に入ったのは、膝をつくマルチェラの姿。
いくら四天王と言えども、三人の相手は辛かったのだろうか。
慌ててが駆け寄ると、マルチェラは肩で息をしながら一行を睨み付け。
「く…っ、次は負けないんだから!」
「わっ」
の腕を掴み、勢いよく走り出した。
キッド達の視線を感じながら、はマルチェラと共に図書館を出たのであった…。
異世界の少年。
天使の迷う場所。
運命に選ばれた存在。
何かが起こっている。
進まねばならないと…無意識の内に感じた。
「…悔しい…っ」
足早に廊下を歩くマルチェラの後をゆっくり着いていく。
…別れの時だと、キッドと鉢合わせした時から解っていた。
楽しい時間だった。それがずっと続くとは思ってなかったけど、別れを惜しむには充分すぎる仲になってしまった。
「マルチェラ」
静かにマルチェラを呼ぶ。
「……姉ちゃん?どうしたの?」
毛色の違うの声に気付いたのか、マルチェラが振り返って不思議そうにを見上げる。
そんなマルチェラを、かがんで包み込むように抱きしめた。
「私、あなたの事妹みたいに思ってる」
「、姉ちゃん?」
「仲良くしてくれて、ありがとう…大好きよ」
流れ者の自分を慕ってくれた事、本当に嬉しかった。
――次会う時は、彼女はもう自分を許してくれないだろう。
それでも。
「…ごめんね。行かなきゃ駄目なの。私の求めるものの為に」
体を放すと、一瞬笑顔を浮かべすぐ踵を返した。
「姉ちゃん!」
後ろでマルチェラが自分を呼ぶ声がしたが、は振り返らず真っ直ぐ走った。
…別に今でなくとも、キッドとは後で合流すれば良い事だ。
ただ、
「(…それじゃあ駄目な気がする)」
何故だか解らないが、今すぐキッドを追い掛けなければいけない気がして。
(騎士団の皆に裏切り者とばれて蔑まれても)
「(…グレンには悪い事をしたな)」
利用してしまった事、謝りたかった。
グレンやリデル、仲良くなった騎士団の顔が浮かび、それを消すよう頭を振って薄暗い廊下を一気に駆け抜ける。
見慣れたリデルの部屋を一瞥し、その隣の部屋――蛇骨大佐の部屋の扉を勢いよく開いた。
――部屋の中にいたのは、先程図書館に入ってきた三人と、一人の初老の男、そして獣顔の男の姿だった。
「キッド!」
「、お前どうしてここに…」
驚いた表情のキッドの傍に行き、「それより」と現状を確認する。
部屋の中に凍てついた炎らしき物体は見当たらないが。
「(あれが…ヤマネコ?)」
獣顔の亜人、恐らくその男がヤマネコだろう。
その男を見た瞬間、の体に形容しがたい衝撃が襲った。
「(え…)」
その理由は解らないが、
の心をざわざわと波立たせる。
ヤマネコはこちらに視線を寄越すと、目を細めながら口を開いた。
「…ほう、お前も一緒だったとはな」
「…な、何…」
自分を知っているかのような口振りには身を固くする。
そして。
「ひっ」
突如浮き上がってきたモンスター、カゲネコに声をひきつらせた。
カゲネコはゆらゆら揺れながら達に近づいて来て、その多さに舌打ちしたキッドが声を荒げる。
「ヤバい、セルジュ、一旦退くぞ!」
「行かせぬよ。お前達には聞きたい事が…」
その時だった。
がちゃ、とノブの回る音。はハッと視線を投げる。まさか、このタイミングで。
「お父様、今度の航海の事…」
「リデル、駄目!」
は叫んだ。
部屋に入って来たのは、が一番会いたくなかった人物、リデルだったのだ。